キセ黄


 天気は快晴。気温はやや肌寒さを感じるが比較的過ごしやすい。昼になれば丁度良くなるだろう。
 そんな絶好のお出掛け日和に私服を着た男六人が娯楽施設の一日フリーパスを手に園内を回っていた。
「はぐれたりしたら即刻迷子センターで呼び出すから覚悟しろよ」
「だとよテツ」
「心外です」
「しかし実際そうなる可能性が高いのは黒子なのだよ」
「心外です」
「黒ちんはぐれちゃうと人に聞いても絶対『見てない』って言われるしー」
「心外です」
「じゃあ逆に訊いちゃえばいいんスよ! トロト並みに背の高い男とか、驚く黒さの長身で悪人面した色黒男とか、変な物を持っている長身の眼鏡を掛けた男とか、そこに立っているだけでやけに威圧感のある男とか」
「では迷子予防として黄瀬君はボクと手を繋ぎましょう」
「はいっス!」
 午前一〇時過ぎ。園内が親子連れやカップルで賑わう中、一際人目を引く六人の男子中学生は周りの視線に臆することなく歩を進めた。
 先ずは手始めとばかりに日本一長いと有名なジェットコースターに乗る。二人ずつ座る席で人数も六人。席順をどうするかと考える際、列に並んでいる最中にちょっとした揉め事になった。
 ジャンケンで《グー》《チョキ》《パー》と分かれてはどうかと言う提案に珍しく黄瀬は褒められ顔を綻ばせる。それを見られただけでも此処に来た甲斐があったと黄瀬を除く五人は心の中で叫ぶのだった。
「赤司君。何故一番後ろに?」
「単純に重力の問題だ。一番後ろが一番楽しい。怖いのなら前から二列目に座る事だ」
「別に怖くは無いです。基本的に遊園地の遊具は平気ですよ。ただ、コーヒーカップでグルグル回されるのは気持ち悪くなりますが」
「ああ、それには同感だ」
 最後尾に座る赤司と黒子は安全バーを下げながら会話をする。途中、係員が確認に回った時に赤司に「お連れ様はどちらに?」と訪ねていたが。勿論見えていかっただけだ。黒子は確かに赤司の隣に座っていた。しかも係員側に、だ。
 その一つ前には紫原と青峰が座っている。
「これ絶対ぇテツ達前見えねーよな」
「んーでもしょうがないんじゃなーい? 赤ちんが最後尾がいいって言ったんだしー」
 発車のベルと係員のやけに楽しそうな「行ってらっしゃーい」の声にレールをの上を滑る。走り始めて直ぐにお世辞にも緩やかとは言えない坂を登って行く。
「うぅ……」
「どうした、黄瀬」
「オレ、ゆっくり登る時が一番苦手なんス」
「意外だな。お前は絶叫系は好む方だと思っていたのだよ」
「嫌いじゃないっスよ。ただゆっくり登る時って何かこう……圧迫された感じしないスか?」
「成る程な。確かにするがこれから喧しい叫び声が聞こえるのかと思うとそれくらい気にはならないのだよ」
「ちょ、絶叫系で叫ばないとか醍醐味も何も無いじゃないスか」
 緑間らしいと笑う黄瀬に眉間の皺が寄る。緑間からしてみれば、叫び声がと言うよりもあの女性特有の金切り声が大層耳障りでならない。それを告げれば黄瀬は笑って「あー、あの声ってどっから出てるんスかね? 男じゃ絶対出ないっスよ」と言いたかったのだろうがどうやらタイムリミットが来たらしい。
 言葉の途中で黄瀬の声は「ふぎゃっ!」と間抜けなものへと変わった。
 絶叫系を間に挟みながら――とは言えこの園内の大半は絶叫系だ――遊び通す。流石に幾ら毎日ハードな練習で鍛えているとは言え、いやだからこそと言った方が良いだろう。日が傾く頃には既に彼らもクタクタになりつつあった。
 二人を除いて、だが。
「紫っちー! あっち! あっちに一杯風船あるっスよ!」
「えー。オレ風船よりもあっちの十段アイスがいいしー」
「さっきも『パーフェクト☆パフェ』食べてたじゃないスかぁ。お腹壊すからもう冷たい物はダメっス! 食べるならあっちのホットパイにしよっ」
「んー……まあいっかー」
 結局食うのかよ! と思ったもののそれが青峰の口から出ることは無かった。代わりに盛大な溜息が出る。
「あいつらマジなんなんだよ」
「子どもは凄いですね」
「序盤で既にへばっていたお前は年寄りの域なのだよ」
「一番はしゃいでいた黄瀬が真っ先に潰れるかと思ったが……。テンション維持で乗り切るとはな。紫原の場合、元々全力でもなければエネルギーは俺達以上だ。加えて度々使ってもいないエネルギー補給をするからな。最後まで保つと思いはしたが此処まで差が開くとは思わなかった」
 そんな話題の中心である黄瀬と紫原の背中をゆっくり追いながらワゴンに近付く彼らを眺めていた。
 青峰、黒子、緑間、赤司が追い付いた時には紫原は既にパイを平らげている。黄瀬が紫原の口周りに付いたチョコクリームを甲斐甲斐しく拭っていた。
「さて、次で最後にしようか」
「えーっ!」
 赤司の言葉に不満な声を上げたのは黄瀬のみである。紫原は興味が無さそうだ。他三人は「未だ乗るのか」とげんなりした顔に書いていた。
「黄瀬君、疲れていないんですか? 日頃の疲れと今日の疲れが明日押し寄せて部活が出来ない、なんて事があったらどうするんです?」
「だって……っ、だって」
 夕陽に黄瀬の髪がキラキラと反射する。
 夕暮れ時だからだろうか。それとも彼の纏う空気がそうしたからだろうか。何れにせよ、黄瀬の表情があまりにも寂しげなものに感じた。
「最後は平和な観覧車にしようか」
「はいっス! みんな一緒っスか?」
「いや、流石にそれは無理があるのだよ」
「よーし黄瀬、オレと乗れ」
「ダメー。峰ちん水のやつで一緒だったじゃん。だから黄瀬ちんはオレと乗ろー?」
「お前だってミラーハウスで組んだだろう。昼食の席でも隣だったしな」
「おや、それなら緑間だって最初のジェットコースターでもフリーフォールでも隣だっただろう?」
「……」
 観覧車の場所へと移動しながら四人が何やら口論を始める。疲れていたのではないのかと言う黒子の疑問は浮かびはすれども直ぐに沈んでいく。
 結局の所、彼らはこれくらいでへばるような柔じゃない。
 そんな騒がしい背中にやや離れた後方からついてくる。
「黄瀬君。さっき何を言おうとしていたんですか?」
「え?」
「ボクが疲れていないのかと訊いた時です」
「ああ……あれね」
 クスッと笑う黄瀬は太陽を味方につけているのだろうか。その笑顔は酷くキレイであった。ずっと眺めていたくなるような。そんな気持ちにさせられる。
「オレね、こんな気持ちになったの初めてなんスよ」
「と言うと?」
「何て言えばいいんスかねー? 最後って赤司っちが言った時すっごく寂しくなっちゃったんス。何か胸の辺りがギューッと締め付けられたって言うか」
 ポツリポツリと言葉を紡ぐ黄瀬は困ったように笑い、眉尻を下げる。
 黒子はただただ黙ってそれを聞いていた。
「今までこうやって一緒に遊びに行くって無かったし。しかもそれが大好きな人達と一緒で。もうオレ今日が来るのずっと楽しみで嬉しくて……。だからっスかねー? もう終わっちゃうんだって思ったら、急に怖くなっちゃったっス」
 ヘラッと笑う黄瀬は泣いていた。涙こそ出ていなかったものの、確かに黒子はそう感じた。
「黄瀬君」
「なんスか?」
 黄瀬の目の前にスッと手を差し出す。その意味が分からなくてコテン、と首を傾げれば黒子はクスッと笑う。
「最後とは言え、油断は禁物です。万が一と言うこともありますから」
「え……っと」
「迷子センターのお世話になるのは御免です」
 そこで漸く意味が通じたのだろう。パッと明るい笑顔を見せた黄瀬は躊躇することなくその手を取った。手の平に黄瀬の熱を感じると離れないように黒子がギュ、としっかり握る。
「行きましょうか」
「またジャンケンするんスかね?」
「ではボクはひたすらパーだけを出しましょう」
「え、何スか?」
「何でも無いですよ。ただの独り言です」
 早く来いと声を上げる青峰に逆らって黒子は歩く速度を落とす。
 もう少しだけ、黄瀬が長く彼らと共に過ごす時間を延長してやりたいと言う気持ちに黄瀬本人が気付いく筈もない。単なる気休め程度にしかならなくとも、黒子にとって今はそれが最善であるように感じていた。
 恐らくそれは先で待つ彼らも同じなのだろう。形だけのお咎めなどただの裏返した愛情表現でしかないのだから。



【ほのぼの/遊園地デート】
後半ほのぼのミスディレクションしました。寧ろ家出してます。そして雑過ぎますね…これ。
一人一人丁寧に描写したかったんですけどそうすると長さが一ページの中に中篇程の物が出来上がってしまうので大幅カットしました。
しかし何故か黒子落ちっぽいですがそんなことはないのよと言い張ります。

>お祝いコメントありがとうございます!!毎日するつもりは無かった更新ですが、こうまで続いたのでそれならば更新出来る内にやってしまおうと。^^
それに文章は書けば書くだけ上手くなると言う教えを信じて続けております(笑)
此方こそその温かいコメントにいつもパワーを頂いておりますのでおあいこです。
甘糖様もご自愛ください。
リクエストありがとうございました。


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