笠黄


 オレは笠松センパイが好きだ。
 好きで好きで堪らなく好きで。だけど別に病んでるとかそんなんじゃない。
 オレはセンパイに嫌われたくないから醜い独占欲は心の奥に閉じ込める。聞き分けの悪い子にはなりたくないから。
 笠松センパイは全国区のバスケ部主将を務めるくらい本当に頼りになる。部員もオレを含め、みんなが頼りにしている。センパイもみんなを頼ってくれる。
 そんな持ちつ持たれつな良い関係を築けているのは他でもない。笠松センパイが主将だからだ。
「今日、オレ全然構って貰えてないんスけど」
 バッシュの音が響く体育館はバスケ部専用だ。いつもなら一回はある蹴りも肩パンも今日はまだ無い。
 それは三年生が進路云々のロングホームルームがあって遅れて来たから。
 けど直接的な原因は後輩の指導だった。
 入部から数ヶ月が経ち、大きい大会も夏に一つ終えたばかり。もう一年生も練習メニューや環境に慣れている頃だ。
 森山センパイ曰わく、毎年これくらいの時期に三年生がやるとか。通常は二年やレギュラー以外、一軍以外が指導に当たる。けれどもそればかりでは部員同士のコミュニケーションも取れないとか何とか。
 オレの場合は異質で例外だそうだ。初めからレギュラーだったから指導なんかもレギュラー陣が面倒を見てくれた。
「いいっスけどね! オレ『待て』も出来る子だし!」
 反対側のコートでオレを除く一年の面倒を見る笠松センパイを視界の端っこに収めながら自分のメニューを黙々とこなす。
 黙々とこなせばこなすほどもやもやが溜まって行く。
 寂しいし、構って欲しいし、こっちを見て欲しいし、名前を呼んで欲しいし、淋しい。
「笠松センパイはオレのなのに」
 口に出してハッとする。
 こんなんじゃダメだ。オレは頭を左右に振って雑念を取り払う。
 だけどそんな事で払えるほど笠松センパイの事を想っていないし大人でもない。一言だけ、と自分に約束してオレはボールを持ってセンパイの所へと向かった。
「笠松センパイ」
「あ? 黄瀬か。悪い。後にしてくれ」
 オレには一瞥くれただけで直ぐ目を逸らされる。あっちに行けと犬猫にするように手の甲を向けて追い払うような素振りを見せた。
 ちょっとだけ胸がツキンと痛む。邪魔しちゃった。良い子で待って居られなかった。
「笠松先輩っ」
「何だ?」
「もし相手がこう来た場合何ですけど……」
 別の誰かが笠松センパイを呼ぶ。つい反応してしまって其方を見る。瞬間、後悔した。
 先程オレにした態度ではなく、きちんと相手と向き合って相談に乗る姿がレンズに映り込む。オレの内側にあったもやもやが大きく成長した気がした。
 ちょっと所じゃない。かなり痛い。
 もやもやとズキズキを払拭するように投げたボールはガンッと派手に大きな音を立ててリングを通った。それは本当に文字通り《投げた》ものだ。IHで真似た青峰っちのフォームレスシュート。当然音に驚いた部員が一斉に此方を見る。
 本心を気付かれたくなくてそれを誤魔化すように別のバリエーションでフォームレスシュートを放った。青峰っちのスタイルが自由奔放で本当に良かったとこの時ばかりは思う。
 それでも結局もやもやもズキズキも払拭されず、それどころか大きく膨らんだ挙げ句イライラまで追加されてしまった。ああ、最悪だ。
「お疲れ様っス」
「あれ。今日はもう帰るのか?」
 部活終了後、オレは残っているセンパイ達に挨拶をして背を向ける。出て行こうと一歩踏み出した所でもう自主練に入っていた小堀センパイに声を掛けられた。
「あーまぁ」
「何だよデートか?」
 曖昧な返事に森山センパイがニヤニヤしながら茶々を入れる。それもそれとなくかわして出て行く間際に「じゃあお先っス」と声を掛けてから急いで出た。
 視界の端っこに笠松センパイが映ったからだ。
 ドクンドクンと大きく脈打つ心臓が裂けそう。油断すればまだ一年に捕まっているセンパイが浮かぶ。その度にオレの中の闇色の靄が広がって大事な気持ちを覆い隠そうとする。
 バンッと大きな音にハッと我に返る。気付けば右手はロッカーの扉を閉め、オレは制服に身を包んでいた。日常化してしまえばこれくらい無意識下で出来るのかと思うと少しだけ驚いた。
 きっといつもなら感動して笠松センパイに一々報告して「うるせぇ」ってシバかれるのだろう。そこまで考えて泣きたくなった。
「……帰ろ」
 このまま部室に――海常に居たらダメだ。
 そう思ったら体は出口に向かう。なるべく、急いで。
 扉を開けて出た瞬間、オレの体はその場に縫い止められた。
「おい黄瀬」
「っ!」
 右手を掴む腕を目で辿る。辿らなくたって分かる。だってずっと待ってた相手だ。
「笠、松……センパイ」
「オレも帰る」
「はぁ、そっスか」
 そのまま二人揃って無言になる。無言のまま見つめ合って時間だけが過ぎていく。とは言え実際は一分も経っていない。
「あのなぁ、黄瀬」
 その沈黙を破ったのは笠松センパイだった。
 手首は掴まれたままでじっと目を見て来る。オレの心の中とは違って曇り一つ無い瞳。それでこそセンパイなのだけど。
「オレだって我慢してたんだよ」
「はい?」
「オレだってお前と一緒に居たかったし傍に居たかった。けど今日はそうも行かねーだろ」
「はぁ」
「今日、お前を見たら、ましてや話したりなんかしたらどうしようもなくお前を構いたくなるんだよ。お前だけを目で追って、指導どころじゃ無くなるんだ」
「……え、と?」
 センパイの話はどうやら先程迄の部活の事らしい。言い訳と言うよりは今日の態度についての理由と言った方がいい。
「けど、んな顔されたらもう放っとけねぇだろーが!」
「イテッ!」
 バシッと一発肩パンを食らう。不意打ちだったけど、本日初めての一発だ。
「んなこと言われたって……」
「一人で泣こうとするな」
「別にオレ泣いてなんか……!」
「言えよ」
「何、を」
「お前の中でぐちゃぐちゃになった感情全部言え。全部受け止めてやっから」
「何……言って……」
 気付けば笠松センパイが霞んでいる。視界が涙でぼやけているのだと気付いた時には既に涙点から雫が落ちていた。
「セン、パ……っ」
 オレね、ずっと寂しかったよ。構って欲しかったよ。こっちを見て欲しかったんだよ。名前を呼んで欲しかった。それでね、ずっとずっとすごく淋しいんだよ。
 まだ自主練が始まったばかりの時間帯だ。だから部室前でわんわん泣いても誰かに見られる事はない。
 センパイはただ黙って聞いてくれている。ぐちゃぐちゃしたもやもやとズキズキとイライラを全部本当に受け止めてくれた。
 ギュッと抱き締めて、何度も何度も「ごめん」を呟いた。それから、
「待っててくれてありがとな」
 そう言って普段は学校なんていつ人目につくか分からない場所ではやらないくせに唇に触れてきた。一秒にも満たない僅かな時間だったけれど。
 だけどそれだけでもやもやもズキズキもイライラも払拭されてしまったみたいだ。我ながら単純だと思う。
「もう、一人にしないで?」
「しねーよ。絶対」
 そしてまた唇を重ねる。
 今度はそれに誓いを乗せたことで甘さも増量していた。



【黄瀬の嫉妬】
攻めの嫉妬も受けの嫉妬も好きです。二次元だから可愛く思えちゃいますね。
黄瀬の嫉妬は「○○しちゃだめ」とかではないだろうと思います。如何せん黄瀬自体が束縛する子は好みではないようなので。自分が嫌がることは他人にしない。そんな感じがします。
で、この話長いですね。長いです。

>お祝いのお言葉、並びにお気遣いくださりありがとうございました。これからも頑張って参りますのでどうか支えてあげてください。


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