青黄


 クラスメートの顔も碌に覚えてないオレが唯一クラスも違う何の接点も無い奴を知っているのは興味があったからだ。
 言い方を変えるならば、一目惚れ。
 やけに五月蝿い渡り廊下を空き教室の窓から覗けば女に囲まれたやけに美人な男が目に入る。同時に目の奥と記憶に焼き付いた。
 ニコニコと万人受けする笑顔を振り撒いてそれとなく平等に接する。手前にいる女だけでなく端っこにいる女にもだ。
 その気遣いには脱帽するがあの笑顔はいけ好かない。誰が何と言おうと好感は持てなかった。
 それなのに予鈴が鳴って騒がしかった女がそこから居なくなるとアイツは廊下と外を隔てる柵に寄り掛かり、大層つまらなさそうな顔をする。オレは何故かそこでオレの中の何かが突き動かされたのだ。
 あの何もかもを諦めたような表情を崩したい。あんな気持ち悪い笑顔ではなく、アイツ自身の感情を伴った本物が見たい。そう思わせた。
 しかし先にも挙げたように何の接点も無い。さてどうする、と思った時オレの手中にはバスケットボールがあった(そう言えば部活中だったと気付いた時には赤司のヤローに外周を命じられた)。
 考えたって仕方がない。オレは考えるより行動派だ。

「あーもー体育とか怠いんだけどー」
 そう言いながらお菓子を貪る紫原に「お前に掛かれば何でも怠いだろ」なんてツッコミは野暮だ。
「そう言えば、やけに校庭が騒がしかったのだよ。何か有ったのか?」
「べっつにぃー。ただリフティングのテストやらされただけだしー」
「それはボクの所もやりましたが……。騒がしくなるようなものでも無いですよね?」
 各々が部室で着替えながら雑談を交わす。体育のテスト、そう言えば先週そんな事をやるとか言ってたなーと曖昧に思い出す。
「あ、私それ友達から聞いたよ。サッカー部の子と帰宅部の子だけがずっと続いてたんだよね?」
「そんな感じー。まぁ、お陰でその間休めたけどねー」
 さつきの言葉に紫原が適当に頷く。恐らく記憶に残っていないのだろう。
「帰宅部が現役相手にやりますね」
「それがねテツ君。それだけじゃないの」
「と言いますと?」
「ウチの学校にモデルやってる子が居るの知ってる?」
「はい。噂では聞いています」
「その帰宅部の子って言うのが彼だったんだって! だから女の子達も騒いでたんだよ」
 さつきの情報は信憑性があるが故にオレはニヤケるのを隠せなかった。
 大抵の奴は「顔も良くて運動神経も良いのは妬みでしかない」と言うだろう。けれどもオレは違う。どちらかと言えばラッキーだと思った。
 オレがしようとしていた接点作りを肯定された気がしたのだ。これは最早実行するしかない。
 そしてその機会は早々にやってきた。
 外に面している体育館の入口の端にキラリと光る髪を見つけたのだ。この時ばかりは視力の良さ並びに動体視力の良さに感謝する。
 僅かに力を込めてちょっとやそっとじゃ取れないパスを出す。狙うは仲間が伸ばした腕の先――の向こうにある金色の頭。
「イデッ!」
 見事命中ザマーミロイケメン。
 仲間からは「お前のパスミスだからお前がボールを取ってこい」だの「誰かに当たったんじゃないか?」だの「当てたのお前だぞ」だの「さっさと謝って来いよ」だの分かりきった事を一々言いやがる。
 当たったんじゃねぇ。当てたんだよ。
 そんな事を内心笑って言いながらオレは外に出た。
 結果は当然オレの勝ち。
 只一つミスした事と言えば、バスケに誘う言葉を一切考えてなかったことだ。
 謝って、文句を言われながらボールを貰って、引き返してその事に気付いた。あの時は相当焦ったが今更戻る訳にも行かず、体育館に行く。今日がダメなら明日だとリベンジを決意していた所に視界の端っこに件の金色が目に入ったのだから驚きを隠せない。
 まさか穴だらけの計画にこうも嵌ってくれるとは思わなかった。

「……って事は? つまり? あのボールは意図的に、ワザと、オレの頭に的を絞って当てたと?」
「人の話聞いて無かったのかよ。お前から聞いてきたくせに」
「こんな事暴露しろとは言ってねーっスよ!」
 隣でキャンキャン吠える黄瀬は柳眉を吊り上げて怒っているようだ。怒られる理由が分からない。
 そもそも時効が成立していてもいいくらいには時間が経っている。それは同時に黄瀬とオレが共に過ごして来た時間も表していた。
「っせーな。オレのお陰でお前は退屈する事も無くなって、本気で笑うようになって、オレのモノになれたんだろうが。文句付ける所なんか全然ねーだろ」
「でもっ、だからって……そうっスけど……でもっ」
「あーもーうっせーよ。ちったぁ黙ってろ」
 肩を抱き寄せて唇を塞ぐ。そうするだけでコイツは押し黙るのだ。
 体重を掛けてゆっくりとソファーの上に押し倒す。ギシ、と軋んだそれはこれから過ごす時間の濃密さを語っているようだった。
 結果が付いてくればそれでいい。
 そして、黄瀬もずっとオレだけについて来ればいい。
 あの日からずっと欲しかったお前を漸く手に入れたのだから。これからも手放すつもりはないと、教えてやるつもりだ。



【青峰と黄瀬の出会いが意図的だったら…という話をお願いします】
故意に当てられた物ってどうしてこう痛いのでしょう。そこに悪意なりなんなり気持ちが籠もっている分そう感じるのでしょうか。
独白に近い仕上がりになってしまいました…。すみません。

>企画参加並びにお祝いのお言葉ありがとうございました!


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -