れのあ様


 帝光バスケ部に於いて暗黙の了解である事は幾つかあるが、その中でも最も有名なのは‘黄瀬’の“立ち位置”である。
 ロッカーは向かって左から順に紫原、黄瀬、赤司となっている。因みに赤司が扉に一番近い。
 赤司が集合を掛ければ、彼の右手側に紫原、左手側には黄瀬が一番前を陣取る。長身の二人が前に居るため主将の姿が見えない者も多くいるがしかし其処に触れることは御法度である。
 帰り道や食堂で昼食をとる時などもロッカーの並びと同じで、黄瀬を真ん中に黄瀬の右手側に赤司、左手側には紫原が居る。
 クラスメートである黄瀬と紫原が二人きりの時も度々見かけるが、必ず黄瀬の左手側に紫原は立って居た。廊下で赤司とバッタリ会えば部活で集合を掛けた時と同じ光景が再現される。
「いつからでしたっけ?」
 気付けばそれが当たり前になっていた。黒子がふと気になり部室で着替えながら口にする。
 部室には黄瀬と黒子のみであった。つい先程体育館の掃除を終わらせたのだ。教育係である黒子は最後まで付き添わなければならない決まりである。
「んー。入部した時はオレ二軍っスから着替える場所は違ったと思うんスけど……でも一軍に上がったら紫っちに『一緒に行こー』って言われて『ここが黄瀬ちんのロッカー』って言われて……」
 当時の記憶を手繰り寄せてみる。
「そう言やオレが一軍に上がる前はここ、誰か使ってたんスか?」
 ふと疑問に思ったことを投げかけてみた。彼の背後で同じく制服に着替えているであろう黒子は暫し黙考した後、
「確か、空きロッカーだったような気がします」
 と返事をした。
 どうして彼が当たり前のように隣を許したのだろうか。それは気になる所だが直接聞いても教えてはくれないだろう。けれどもこれに関して言えば推測は容易い。
「まあ、そう言う事ですよね」
 と一人納得した黒子は、挨拶もそこそこにさっさと退室してしまった。
 黄瀬の「待って」の声も虚しく、閉められたら扉に跳ね返る。
「う〜……一人ぼっちで部室とか、何か寂しいっス」
 青峰とワン・オン・ワンをした時は冷めやらぬ熱のお陰かあまり感じないが、こうして稀に誰かと部室で共に居る時は矢張り寂しさが胸中を支配する。何を話しても返事の返って来ることのない寂しさを抱える。
「みんなコンビニにまだいるっスかねー? あーでももう居ないかなぁ……」
 気落ちするのも隠さずにしょんぼりと肩を落としながらロッカーの扉を閉めた。
 窓と忘れ物の確認をして、壁に掛かった部室の鍵を手にする。パチッとスイッチを押せば一斉に蛍光灯はフッと消え、暗闇が空間を支配した。
 外の廊下も薄暗い。
 心細さを感じながらも黄瀬は部室の扉を開けた。
「お疲れ様」
「お疲れ様ぁー」
 開けたと同時に聞こえたのは左右からの労いの言葉だ。思わぬ声に黄瀬の体はまるで時間が止まったかのようにピタリと静止する。
 間延びした声で「黄瀬ちん」と目の前で手を振られながら呼ばれれば何回目かの手の平の往復で漸く我に返った。その合図として、黄瀬の肩が小さく跳ねる。
「え、え? 赤司っちに紫っち……え、何で?」
 困惑する黄瀬に二人は心外だとばかりに瞳を鋭くした。
「黄瀬を待っていたんだが、何か不都合か?」
「黄瀬ちんの分のアイスも買ってきたよー」
 そう言や否や左側からコンビニ袋を渡されり。中を見れば黄瀬が昼休みに食べたいと話したアイスであった。しかし何気なく言った言葉だ。他愛もない話のその流れでポロッといたくらいのもの。自分ですらアイスを見てそう言えばそんな事を話したかなぁと思う程度のものだった。
「選んだのは赤ちんだよー」
 右に首を向けて赤司を見れば肯定も否定もせず、ただ目を細めて笑うだけである。
 それでも分かる。覚えていてくれたのだと。事実、こうして実物が手中にある。
「さて、帰ろうか」
 言葉尻にガチャン、と音がした。ハッとして視線を下に向けると丁度赤司の右手が鍵を抜き取る所だった。そしてそのまま自らのポケットに入れる。
「あ、職員室に、返さないと」
「俺が上がった時に鍵は俺が持って帰ると言ってある。だからもう顧問は居ない」
 そうして何事も無かったかのように赤司と紫原は歩き出した。数歩先を行った所で二人は同時に振り返る。
 振り返った先には未だ施錠された部室の扉前から動けずにいる黄瀬が居た。
「黄瀬」
「黄瀬ちん」
 二つの声が重なる。
 喉につっかえる様な返事をする前に、赤司の左手と紫原の右手が差し出された。二人の間にはぽっかりと不自然な程の距離が空いている。
 その二つの意味を正解に理解するのにそう時間は要らない。
 伝えるには彼らのこの言葉だけで充分だ。
「おいで」
 二人分の声がぴったりと重なる。
 それだけで、充分だ。
「はいっス!」
 駆け出して自らの手をぴったりと重ねる。同時にぎゅっと握られた手の平は一人ぼっちではないと伝えてきた。
 右手も左手も自由は利かないけれど不自由さは無い。安心だけが黄瀬を包み込む。
 コンビニに行ってわざわざ学校まで戻って来てくれた事も、予め鍵について交渉していた事も、手を繋がなくともそれだけでももう充分だけれど。矢張り一番手っ取り早い。
「そう言えば、黒ちんと何話してたのー?」
「珍しく笑っていたな」
「えっと、それはっスね――」
 外灯に照らされた三つの影は途切れる事無くしっかりと繋がっていた。
 それはきっと明日も明後日も。 




【赤と紫に愛されまくってる黄】
序盤、彼ら出て来ませんね。
彼らが居る限り、そう易々と黄瀬の隣は取れないでしょう。鉄壁ですから。
正面、背後には立てても左右は滅多に立てない。それくらい気付けば横に居る!くらいの存在感であって欲しいです。
しかし赤黄紫の組み合わせは悪魔と天使と妖精がきゃっきゃうふふしているとしか思えません可愛い。

>お祝いのお言葉ありがとうございます。7〜8万企画の時もありがとうございました。続けてリクエストしていただけて大変嬉しいです。
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
ご丁寧に私の体調にまでお気遣いいただき本当にありがとうございます。これからも無理しない程度に更新していきますね!
リクエストありがとうございました。



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