匿名様


 休日練習も終わりに差し掛かった頃、誠凛高校の体育館に一人の来訪者が来た。部外者で訪ねて来る人物と言えば主に思い当たるのは二人だ。一人は女性で桐皇のマネージャーをしているが今回はどうやらもう一人の男性らしい。
「ちわーっス! 誠凛さん、今から自主練スか? ラッキー、オレグッドタイミングっスね! ねっ、火神っちワン・オン・ワンしよっ!」
 挨拶もそこそこに慣れた様子で部員の輪に加わるのは海常高校のエースである黄瀬涼太だ。
 わんわんともわおーんとも副音声が付きそうな様子でワン・オン・ワンを強請る。そう思えてしまうのは彼が至る所で犬っぽいと思われているからだろう。しかし本人は気付いていないらしい。
「何でわざわざ他人様のとこでやんだよ! 海常でやって来いよ!」
「火神っちのイケズー。何かね、今日は夕方から体育館使うらしいんスわ。それで自主練禁止で、屋外コートは小学生やら大学生やらで埋まっちゃってるし、でもバスケし足りないしって思って行きついたのがココっス!」
 まるで誉めて! と言わんばかりの笑顔を見せる黄瀬に火神は呆れの溜め息しか出ない。ここは主将や監督がビシッと言ってやるのかと思いきや、
「あーまぁ、折角来た事だしなぁ?」
「そうね。軽くゲームでもする?」
 などと言ってくる。
「何だか最近、皆さん黄瀬君の扱いに慣れてきたと言うか甘くなりましたね」
 全く同じ事を思っていたと伝えれば隣の相棒はどちらともなく笑った。
「なぁ、黄瀬ってさいっつも放課後はバスケ漬けなの?」
「そっスよ! 誠凛さんと、青峰っちを負かす為に今必死なんスからねっ!」
「じゃあさ、バスケ始める前はどうだったんだ?」
 河原と何故かバウンドパスをしながら談笑している黄瀬に小金井が問う。
 すると、今まで楽しげな笑顔を纏っていた綺麗な顔は、哀しげに笑うそれへと変わった。その変化に気付いた水戸部――小金井が地雷を踏んでしまったのだろうかと心配しているのだろう――がわたわたと不安な色を表情に出しながら焦っている。しかし彼の心配を余所に、黄瀬はへらっと笑った。まるで何事も無かったかのように。
 河原のパスを貰ってそのままゴールへと放る。ガンッ、と音を立ててボールはリングの中へと落ちていった。
「言ってもいーっスけど……」
 言葉尻を濁しながら勿体ぶる。興味を示したのか降旗が「え、何?」と続きを促していた。その顔にはありありと好奇心が書かれている。
「んんーまぁ誠凛さんには迷惑掛けてるしいっかなー」
 なんて独り言を言いながら先程シュートしたボールを取りに行く。
 いつの間にか顔を洗いに行っていた伊月と土田も戻って来ていた。黄瀬の存在に驚いていたが木吉が説明をすれば双方ああ成る程とすんなり納得する辺り彼の来訪は最早珍しくも何ともないのだろう。
「取り敢えず、イラッてこようが何を思おうが攻撃しないでくださいっス」
 それが話す条件だとでも言うように彼は前置き宜しく口にした。
「オレね、ほんと青峰っちに会うまではスレてて――」
 入学当初から彼は学内で有名だった。特にスポーツを極めた訳でもない。ただ、その容姿と学業の傍ら勤めるモデルと言う仕事がそうさせたのだ。ファッション誌を読まない男子でも毎日のように女子が騒げば厭でも認識してしまう。上級生に至っては入学式の前から噂になり女子が騒いでいたと言う。
 芸能人だ何だと言うのは一ヶ月もすればそこに居るのが当たり前になり慣れてくるものだ。それなのに一向に黄色い声や女子による人垣が薄れる事は無かった。
「黄瀬君が、好き」
 そう言われれば二つ返事でオーケーを出したし、身体を求められればそれにだって応えた。但しそこには何の感情も無い。芽生えてくる筈も無かった。
 第一、黄瀬は彼女らに一切興味が無かったのだから。
 スポーツは好きだった。けれども長続きはしない。やれば必ず経験者を抜いてしまうのだ。それもまだ《初心者》と言われる期間の間に。楽しいのはほんの一瞬だけである。
 それは女も同じ事だった。あくまで黄瀬にとっては、の話ではあるが。
 好きと言われ付き合った所で結局どの女も顔と肩書きだけを見ているに過ぎない。だから直ぐにつまらなくなる。そう思えば黄瀬は何の未練も無く簡単に切り捨てたのだった。女には困らない。更に言ってしまえば付き合う女もまた、彼にしてみれば不特定多数の内の一人に過ぎないのだから。
 捨てる時に気を付けなければならないのは自分の好感度を上げながら別れる事だ。
「今のオレには君の欲求に応えられない」
 これはメールや電話を無視し続けた際に向こうがキレてきた時の常套句。お前の相手は面倒臭い、なんて正直に話してしまえば楽だろうがそれではモデルとしての黄瀬涼太が崖の淵に追いやられてしまう。それ故に考え出された言葉だ。
「オレ、今はモデル業に専念したいんス」
 と言えば大抵の女は大人しく引き下がるので、一番お世話になっている断り文句である。
「事務所にバレちゃって。だから、もう君とは付き合えない」
 事務所を引っ張り出すのは別れると言ってもすんなり引き下がってくれない女には効果覿面である。だから滅多に使うことはないが三ヶ月に一、二回程度だろう。
 しかしこれらの言葉は全てマネージャーや同じ所属タレントに考えて貰っていた。自分で考えた言葉など一つもない。自分の言葉で言えば十中八九評判を落とし兼ねないからだ。それを言えば呆れながらもマネージャーは懸命に考えてくれた。
「だったら初めから付き合わなければいいのに」
 と送迎の車の中で言われた事がある。それでも黄瀬はあっけらかんと言ってのけた。
「付き合ってオレの内面を知った気でいる子は親近感持つでしょ? そこから普段のオレは云々って彼女らの妄想がふんだんに詰め込まれた理想の男、黄瀬涼太が口コミで広まるんスよ。誌面じゃあ嘘か本当かなんて分からないから確認のしようがない。学校でだってオレは彼氏でいる時とはまた違った黄瀬涼太っスからギャップだ何だで女は気にしない所か寧ろ喜ぶんスよ。キャーキャー騒ぐ女の相手をして、彼女がそれを言及したら嫉妬した? ってちょーっと甘く笑って言ってやれば済むし。更に好感度上がるし。これが手っ取り早いプロモーションっスよ。効果もあるしね」
 当時のマネージャーはこれを聞いて何と言ったのだったか。思いを馳せていると、記憶とは違った声が同じ言葉を言う。
「最低」
 火神の言葉を皮切りに、話を聞いていた他のメンバーも口々に同様の言葉を告げる。
「当時、マネージャーにも言われたっス。それ」
 黄瀬は苦笑していた。
「でもね、その時はそう言われる意味が全然解って無かったんスよ」
 軽くドリブルをしながらのらりくらりとコート上に立つ彼らを一人、また一人と抜いていく。
「オレって言う彼氏が出来てお前のステータスかなり上げてやってんじゃんって。向こうが一方的に知っててこっちは名前も知らない人相手に彼女の席を用意してやって、それ以上何を望の? オレはアンタに求めるもの何か一個も無いのに欲張りだねって思ってた」
「うっわ。超上からだな」 
「っスね」
 日向の言葉に自嘲気味に笑うとまた一人抜く。
「中一とか放課後デートか仕事か……あぁ、後、寝てた記憶しかないっスね。一緒に帰ろうって言われても面倒臭かったり疲れてたりしたら断って屋上とか空き教室でひたすら眠ってたっス」
 そんで、起きたら部活も始まってて多分基礎練とか終わってそうな時間で、帰って寝直そうと思って廊下歩いてたら後頭部にボールぶつけられたんスよねー、青峰っちに。
 言うや否や加速し、思い切り踏み切って黄瀬はダンクを決めた。その音にハッとする。
「ま、こうやって振り返ってみると大人の事情が絡んでないだけまだ今の青峰っちの方がマシっスよねー。純粋で」
 リングから手を離し着地した今でもまだ背中を向けているけれど、何となく、せせら笑っているような気がした。勿論、自身に対してだ。
「でも、バスケには嘘吐きたくねーなって、始めて、初めて思ったんス」
 くるりと髪を揺らしながら振り向いた黄瀬は笑っていた。嘲笑でも何でもなく、ただ、男の彼らでも綺麗だと思ってしまう程純粋な笑顔だ。
「はいっ! じゃあゲーム始めるわよっ! チームは……」
「ハイッハイッ! オレ、黒子っちと一緒がいいっス!」
「ボクは休みたいです」
「えぇっ!? あ、後、伊月サンのグルグルアイって言うのも体感したいっス! 海常にはそう言う人居ないんでどんな感じなのかなって気になってて」
「伊月の目は常にグルグルしていたのか!」
「イーグルアイ、な」
「もう木吉は黙ってろボケッ!」
「あーもーうるさーい! チーム言うわよ! じゃあまずはAチームは――!」
 今の黄瀬からは過去を微塵も感じられない。だったら青峰も――なんて都合良く考えてしまったのは他でもない。ボールを追い掛けている彼らだった。 




【バスケ部に入る前の黄瀬は、今の桐皇青峰よりもたちが悪かったという話】
これじゃあただの性格悪いよ話になってしまいました。安定の最低黄瀬ですね。
青峰はただ自分より強い人を求めているっていうバスケに対する純粋な気持ち故の物だと思います。
でも黄瀬は、人の色んな感情や都合が雁字搦めになっているが故の物だと思います。
リクエストありがとうございました。




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