キセ黄


――ずっとみんなと楽しくバスケが出来ますように。

 みんなで初詣に行こうと言い出したのは黄瀬だ。それに渋い顔で反応したのは五人の男達だった。
「はぁ?」と片眉を上げて鬱陶しげな顔の青峰と無表情だが目が語る黒子、「付き合ってられないのだよ」と溜め息混じりに言ったのは緑間であからさまに嫌そうな顔をして「面倒くさい」と言い放ったのは紫原である。赤司は黄瀬を一瞥したきり、また着替えに戻った。

「ね、ねっ! 初詣行きたいっス!」
「だったら一人で行けよ」
「えーっ!」

 部室に響く声に緑間が「煩い」と一喝する。それを耳にした黄瀬は柳眉をハの字に下げて小さく謝った。
 それでも黄瀬は諦めなかった。部活以外の時間にも出会い頭に「初詣行かないっスか」と誘い続けた。
 初めに首を縦に振ったのは同じクラスの紫原だ。「神社に行ったら屋台も出てるんスよ?」と言えば思いの外すんなりと了承した。けれども黄瀬が奢ると言う条件付である。
 次に了承してくれたのは緑間だ。「初詣も人事を尽くす事じゃないんスか?」と彼の口癖でもある言葉を引き合いに出せば眉間に皺を寄せたまま渋々頷いた。その際、「お前らと共に行動する意味が分からん」と言われたが黄瀬は曖昧に笑うだけだ。
 それから青峰には取り分け執拗に声を掛けた。「青峰っちが好みの巨乳も居るかも知れないっスよ!」と彼の好きな物で釣り上げる。ザリガニ釣りは不得意だがちょっとした駆け引きならば得意である。
 赤司を誘った時は、黄瀬が瞠目するような事を言われた。「全員が揃ったら行ってやろう」と。元々初めに提案した際、唯一彼だけは是とも否とも言わなかったのだ。だから黄瀬は後は黒子だけである旨を伝えれば、今度は赤司が瞠目した。

「矢張りあいつらは黄瀬に甘いな」

 赤司が漏らした言葉は、既に黒子を探しにその場を後にした黄瀬に届く筈も無い。

「黒子っち!」

 図書室への道すがら、黒子の背中を見つけた黄瀬は彼に駆け寄った。隣に並べば「どうかしたんですか」と知っているくせにわざわざ此方に問うてくる。

「初詣……行こう?」
「神頼みでどうこうなるなら苦労はしませんよね」
「黒子っち?」

 表情が翳る黒子を心配して顔を覗き込んだ黄瀬に、黒子は無表情のまま言った。「いいですよ」と。
 斯くしてどうにか約束を取り付け当日を迎えた訳だが、境内には人混みの中でも飛び抜けた頭部が目立つ独りの男が居た。深い海の色をしたニット帽で大半が隠れているが覗く前髪は金色に光る。襟足も覗いて居る筈だがそれは赤を基調としたマフラーによって隠されていた。水色のイヤーマフのお陰でノイズは抑えられている。落ち着いた緑色のコートも内側にファーが付いている紫色のブーツも、彼に与えるのは寒さから守ってくれる温もりだ。
 けれど彼は冷え切っていた。
 白い手の中にある携帯の画面にはメールの受信ボックスが表示されている。
 寝坊したから行く気失せちゃったー。おは朝の占いが最悪だったから今日一日家から出ないのだよ。すみません、行けなくなりました。
 連絡の無い色黒の彼は恐らくまだ眠っているのだろう。何となく、そんな予感はしていた。
 青峰が開花してから可笑しくなって行った気がする。自分もその一人だと黄瀬は感じていた。バスケでも日常生活に於いてでも、彼らを信用する事が随分と減ったように思える。

「どうしちゃったんスかね」

 途中入部だからだろうか。それとも初心者だからだろうか。この突然の変化に戸惑っている自分が居る。あれ程楽しかったものが、別の感情に侵食されている。
 受信ボックスから画面が切り替わり、着信を告げる。ディスプレイに表示されたのは主将の名前だ。そう言えば時間厳守の彼が連絡も無しに来ないのは珍しいとそこでふと思った。

「もしもし?」
『どうだった?』

 開口一番に「どう」と尋ねられても何と答えれば良いのか分からない。何が、と言おうとした所で、彼らの事を訊いているのだと気付いた。

「知ってるくせに」
『そうだな。だからオレも行かない』
「それってどういう……」
『言った筈だ。全員が揃ったら、と』

 黄瀬の脳裏に浮かぶのは凡そひと月前の出来事だ。「全員が揃ったら行ってやろう」確かに赤司はそう言った。

「そう言う事だったんスか」

 既に通話は終了している画面に視線を落とす。
 赤司はこうなることを知っていたのだろう。
 黄瀬の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

「神様、オレのお願い叶えてくれるっスか?」

 鈴の音よりも濁った音がひっきりなしに鳴る社の方へと目を向けた。賽銭箱に硬貨が入る音がする。それに混じって拍手の音や人の話し声もある。しかしこれらは全て耳当てにより遮断されていた。

「寒いなー」

 無料配付の甘酒に並ぶ人を横目に黄瀬は神社の長い階段を下りた。



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