赤黄


 浮力が働いたかのような心地で閉じた瞼が開く。幾度か瞬きを繰り返し、大分見慣れた天井が見えた。勿論初めから見えた訳ではない。暗さに目が慣れ、且つ障子から差す仄かな月明かりのお陰だ。
 右側に寝返りを打てば衣擦れの音がした。同時に前髪と横髪が束になり、その重さで目の前に落ちてくる。煩わしくとも払いのける気は黄瀬には無かった。
 彼は今、眼前で規則正しい寝息を立てている赤司に目を奪われている。その穏やかな表情は普段見られる事はなく、年相応のあどけなさを残していた。
 ふと、枕元の携帯で時間を確認する。

「あ」

 三時九分。師走の下旬だが、まだ東京で雪が降ると言う予報はない。ロマンチックなのにと思ったが、降ったら降ったで寒いだけだと思うと情緒も何もない。
 本当は日付変更線を跨いでから寝るつもりだった。しかしそれを赤司が止めたのだ。「そんな事で生活リズムを崩すな」と。
 黄瀬からしてみれば、「そんな事」で済む程等閑なおざりに出来る事では無い。けれども例えプライベートだろうと赤司に逆らうことは出来なかった。何故ならば、知っているからだ。黄瀬は、赤司が何よりも自分の事を想って言っていると理解している。だから気付けば素直に頷いてしまっていた。

「誕生日おめでとう。赤司っち」

 闇に溶ける声は夢の中で彼に伝えてくれただろうか。どちらでもいい。また朝起きて、今度は未来を見据える瞳をしっかり見つめて言うのだから。
 無性に触れたくなって、黄瀬は枕を寄せると赤司の眠る布団に体を滑り込ませた。彼の体温で温かくなっている布団と彼の匂いが嗅覚を刺激する布団に包まれて、黄瀬は重たくなる瞼を抗うことなく素直に閉じた。

「……フライングだぞ」

 小さな寝息が聞こえると、それを包み隠すような優しい声音が闇に浮かぶ。
 赤司は隣の、就寝時よりも至近距離に居る、黄瀬を見遣る。左側に寝返りを打つと顔がうんと近付いた。
 自分と同じ香りを纏いながらも仄かに黄瀬の匂いが混じる。そんな彼に満足げな笑みを零しながら、赤司は右腕を伸ばして黄瀬の体を包み込んだ。これで超至近距離となった。

「朝の挨拶より先に言いそうだな」

 雪でも降ってくれたらいいのに。そうすれば、朝目が覚めてもこのままで居られるのだから。
 腕の中で眠る恋人にそっと唇で触れると赤司もまた瞼を下ろした。



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