黒黄
あれは中学二年の冬のことだ。
おでんが食べたいと言い出した紫原に皆が便乗して、部活帰りのコンビニで各々がおでんを買う。無駄に広い割にはガラガラの駐車場に屯して温かいおでんを口に頬張った。
「んまーっ!」
幸せそうな顔で円形の蒲鉾を咀嚼する。グルメ番組ならばおでんが食べたくなる顔だ。
そんな黄瀬を横目に緑間は大根を割り箸で食べやすい大きさに切り分けていた。
「コンビニのおでんって何か家よか美味ぇよな」
「味が染みているからではないですか?」
牛筋が大半を占める青峰の器は見事に茶色一色だ。その横で黒子は昆布をもそもそと頬張った。
「初日のおでんは何かまだまだって感じだもんねー」
「そうか? それはそうと紫原。口に物を入れたまま喋るな」
「はーい」
ゆで卵ですら一口の紫原は赤司の忠告に間延びした返事をするがしかしその間もまだゆで卵は咀嚼中だ。そんな彼に溜息を吐きながら赤司は揚げ豆腐を口に入れた。
そうして暫し舌鼓を打っていると、黄瀬の悲鳴が冷たい空気を振動させる。
「あひゅぁっ!?」
「黄瀬君、どうかしましたか?」
「うぅ〜……あひゅいっひゅ」
黄瀬の声に皆が反応してそちらに目を向ければ、涙目になって瞳が潤む彼が居た。その口には太い竹輪が咥えられ、まともに発音出来ていない。
どうやら思っていた以上の熱さが彼を襲ったらしい。一度口に入れた物を出すわけにもいかず、かと言って熱くて直ぐには食べられそうもない練り物を只咥えるしか出来ないでいた。
普通ならばそこで「何だそんな事か」と一蹴する筈の彼らだがそうも行かない理由がある。
何故ならば――。
「エッロ」
青峰が無意識下で呟いた言葉に黄瀬を除く四人が心の中で首を縦に振った。
そう。竹輪を咥える黄瀬に当てられていたからだ。
熱さとずっと咥えている苦しさで瞳は潤み、頬も紅潮している。苦しげな表情もまた色気を孕み、フーフーと竹輪の穴からか口の隙間からかは良く分からないが抜けていく空気の音も良い刺激になった。
「だからお前はダメなのだよ」
「ここの竹輪太いもんねー」
「味が染みている所がまたポイント高いな」
震える指先で眼鏡のブリッジを押し上げる緑間の傍で、自分の器に入れていた竹輪の穴に割り箸を差し込み持ち上げる紫原と共に赤司はそれを見ながら冷静に言った。
そんな中でたった一人、黒子だけが実際行動に出る。黄瀬の前に行くとしゃがむように指示を出す。駐車スペースにあるブロックに座ると、直ぐ隣にある同じ形のブロックに黒子も向かい合うように腰を下ろした。
そして徐に咥えられた竹輪の反対側をぱくりと自らの口内へと迎え入れる。驚愕の反応を見せるギャラリー(と言っても勿論赤司達しか居ない)と当事者である黄瀬に構うことなく黒子はもぐもぐと着実に食べていく。それに比例して二人の距離は縮まる。丸で某お菓子を用いて行われるゲームを彷彿とさせるその行為はあっと言う間に終わりを迎えた。
黒子と黄瀬の距離が無くなると言う結果を用いて。
「御馳走様でした」
「あ、ぇ、お粗末様でした……?」
「不可抗力とは言え、あんな顔、彼らに見せないでください」
「あんな?」
「ボクのを咥えている時にする顔と似ていましたよ」
「――っ!?」
最後の言葉は耳打ちであったが、だからこそ効果は抜群だったのだろう。ぶわっと一気に耳や首まで真っ赤になる黄瀬は益々瞳の水分量が増した。
わなわな震える真っ赤な唇が美味しそうだと思っていたら既に黒子の体は勝手に動いていたようだ。ちゅ、と小さくリップ音を立てて軽いキスをする。
「さて。行きましょうか、黄瀬君」
「へ? え?」
「今日、黄瀬君はボクの家に来るのでボク達はこれで失礼します」
未だに呆然とする彼らにそう言って律儀に一礼する。二人分の器と割り箸をゴミ箱に捨てると黄瀬の手に指を絡めて繋ぎ、コンビニに背を向けた。
祝日の部活はない。だからこそ少し強引に出られる行動である。
ほかほかになっていく手を感じながら黒子は静かに笑った。
おでんの竹輪は自分以外の前では食べさせないようにしようと心に決めながら――。