「和香ちゃん捕まえたっ!」
「きゃーっ! 何で? 何で分かったの?」
「んー? それはお父さんが和香ちゃんのことだーい好きだからに決まってんじゃん」

 リビングのソファーで新聞を読んでいた高尾は左側から忍び足で近付いてくる愛娘を視界に入れていた。つい、綻びそうになる口元をキュッと引き締めあくまで気付かないフリを続ける。けれども腕を伸ばせば掴める範囲に来た時、バスケで鍛えた反射神経を駆使して娘を腕の中に閉じ込めたのだった。
 きゃーきゃー言いながらも楽しげに笑う顔は自分にも妻にも似ている。今回はどちらかと言えば父親似の笑顔だ。
 高尾に似て吊り目がちだが黄瀬に似て目が大きく結果として良い感じの猫目である。ブラウンの髪も高尾と黄瀬を足して割ったようなものだ。笑いのツボは高尾と同じらしく、夜のバラエティー番組では良く笑っている。
 そんな愛の結晶とも呼べる娘と熱烈なハグを交わしている所で庭に面した大きな窓がカラカラと音を立てて開いた。

「あーっ! 和君と和香ちゃんだけズルいっスよ」

 庭の物干し棹に洗濯物を干していたのだろう。両手に抱えられた籠は空っぽだ。

「涼ちゃんもおいで」

 娘を左腕に抱え、右手を大きく広げると柔らかく笑った。きょとんと目を丸くした黄瀬はポッと頬を染め足元に籠を落とすと――中身と無い籠は軽いながらも大きな音を立てた――胸の中に飛び込んだ。
 将に両手に花だなぁと頬の筋肉を弛緩させながらぎゅうっと二人を纏めて抱き締める。まるで幸せが具現化したような心地だ。左右から同じ匂いがふわふわと漂い、益々幸せを噛みしめるのだ。

「……ねぇ」

 寝返りを打つとベッドがキシ、と小さく鳴いた。
 あれから時は経ち、まだ小さい愛娘は随分前に夢の中へと旅立っている。娘を寝かしつけた黄瀬も、自分が眠る前には必ず寝顔を見てから寝室に向かう。それは子どもが思春期を迎える頃までは続くのだろう。
 今は夫婦仲睦まじく一つのベッドで横になっていた。そして高尾が二人きりの時だけに聞かせる艶っぽい声で呼んだ。

「どうしたんスか?」

 黄瀬も寝返りを打って視線を合わせた。その先には黄瀬だけが知る、オトコの高尾が居る。
 黄瀬はそんな彼に滅法弱かった。そんな目で見つめられては黄瀬の表情も身体も、母親から付き合っていた頃のオンナになってしまうのだ。

「家族、増やそっか」
「それって……」
「弟君か妹ちゃん、若しくは両方?」
「あ、あのっ、それってつまり……っ」

 今朝のように頬を染め、明らかに慌てふためく愛妻をスッと目を細めて見つめる。それだけでまた顔を赤らめるのだ。それはつまりそれだけ黄瀬が高尾にドキドキしている事を表している。

「ね、涼香」
「ぁ、……ンっ、和……成」

 ぴくんと動く手足の周りにシーツの波が出来る。深夜の閨で熱い口付けを重ねれば、二人は一緒に波の底へと沈んで行った。



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