緑黄


 見たら直ぐに出来るって本当に便利だと思う。出来なかった事が出来るようになってそれが特技へと変わる。こうして特技が増えて行って、今自分にいくつのそれが有るのか自分でもわからない。
 そしてまた一つ。俺の特技が増えた。

「ホットケーキ出来たっスよー!」

 偶然にも俺と緑間っちのオフが重なり、その日は誰も居ないからと俺の家に呼んだ。
 そして、ダイニングテーブルで待たせること凡そ三〇分。俺は分厚いふわふわのホットケーキが二枚乗った複数のお皿を彼の前に置いた。

 事の発端は、偶々見ていたテレビで「パッケージのような分厚いホットケーキを焼けるのか」と言う質素でくだらないながらもなかなか興味を引くものをやっていたのだ。
 幼い頃、よく母に作ってもらったり一緒に作ったりもしていた。しかし残念な事に一度もパッケージ通りの厚みは出なかった。だから余計に気になっていたのかも知れない。
 一度はあれを食べてみたい、と。

「何故、こんなに焼いたのだよ。全て食えとでも?」
「どの味が好きかなーって思って。黒子っちじゃないんだからこれくらい余裕っしょ?」
「火神ならばな」 
「えー」

 俺が用意したのはトッピングが全て違う。
 オーソドックスなキューブのバターやバターと蜂蜜、パッケージ通りのバターとメープルシロップ、緑間っちがよくお汁粉を飲むからあんことバニラアイス乗せも用意した。
 それから、少し余った種でココアパウダーを混ぜたものも作ってみた。こちらは余り物なだけあって、他のと比べればかなり小さい。二枚重ねというテンプレートだけは崩したくなかったので尚更だ。
 味は恐らくどれも大丈夫だろう。ゲテモノと呼ばれるようなものは用意していないのだから。

「緑間っちも今度俺に――」

 言いかけて次の言葉を飲んだ。
 何故なら以前笠松先輩とお好み焼きを食べに行った時、偶々誠凛さんと相席になり、更に緑間っち達もやって来て相席になった。キセキなだけにマジで奇跡。
 その時緑間っちのこだわりのお好み焼きの焼き方を見せてもらったがそれはもう凄惨なもので種が可哀想に思える程だ。火神っちの上手すぎる焼き方を見た後だったから余計にそう思えたのかも知れない。
 そんな記憶に新しい出来事があった以上、種を混ぜて流し込んでひっくり返す作業があるホットケーキもお好み焼きの二の舞になることは簡単に予測出来る。
 となれば緑間っちに「ホットケーキ作って」なんて軽く言えるはずもない。さて、どうしたものか。
 しかし考えている時間などない。不自然に言葉を止めた俺を見る緑間っちの目が怪訝な視線を投げかけている。
 ならばアレを言ってみても良いだろうか。緑間っちを誘った時から考えていた、アレを。

「俺に、……やっぱり今、俺に‘あーん’って食べさせてくださいっス!」
「……」

 言ってやった。言ってしまった。
 自分でも顔が赤くなっているのが分かる。分かり易いくらいに熱い。
 恥ずかしさで瞳が潤んできた。
 その無言が一番何よりも堪える事をこの人が知らない訳が無い。

「あ……えっと、その……や、やっぱりい……ッ!」

 口の中に広がる甘い蜂蜜の味が頭をくらくらさせる。
 甘い。非常に甘い。思っていたよりも何倍にも何十倍にも甘い。甘すぎて、おかしくなりそうだ。

「ん……ッ、ン……」

 言葉の途中なのにそれを遮る――まるで言葉の先を言わせない――ように唇が塞がれた。其処に流し込まれたトロッとした甘い液体とアツアツと言うよりはホカホカの個体が舌の上に乗せられる。
 咀嚼させるつもりは無いのか口内を犯す緑間っちの舌に段々息苦しくなる。
 隙間から二人分の唾液と蜂蜜が混ざり合った甘い液が溢れた。
 漸く離れた唇からは俺のそれとを繋ぐ橋のような細い糸が引いている。きっとこれも舐めとったら甘いのだろう。
 そんな事をショート寸前の頭で考えていたら目の前にある孤を描いた唇の間から先程まで俺を犯していた舌が姿を現すと、ペロリと舐めとった。
 そんな顔もムカつくくらい格好良くてドキドキするなんて。

「味の感想を聞こうか」
「……すっごく……あまいっス」
「当然だな」
「……もっと、欲しい……」

 今度食べさせてくれるのはどんな味なのか分からないけど。
 この際、どれでもいい。
 どうせ全部甘いんだから。
 そして俺の唇は、再び塞がれた。



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