青黄
(コレの続き)
夢から醒めると激しい動悸に見舞われた。発汗の量もトレーニング中の時と同じくらいだ。頭の中がぐらぐらする。
今し方見た夢は覚えていない。それでも嫌な夢だった事くらいは覚えている。体が、覚えている。
「……黄瀬」
それはまだ空が白み始めた頃だった――。
「今日の会議は此処までだ。青峰、黄瀬。お前達は残れ」
結局あれから寝付けず今日は寝不足だと言うのに、それを知ってか知らずか(いやまず知らないって事は有り得ねぇ)赤司が呼び止める。さっさと部屋を出ようとしていたオレは扉の前で足を止めて未だ着席したままの最高司令官を睨んだ。同じく呼ばれた黄瀬も席を立とうとしていたらしく中腰であったが、そのままストンと着席した。
赤司を睨んでも通用しないのは百も承知なので渋々オレも大将席に座る。
既に嫌な予感しかしない。そしてオレの勘は良く当たる。
「お前ら、この間の自軍の会議をすっぽかしたそうだな。挙げ句公開闘技場でタイマン張ってたらしいじゃないか」
「あれは、ちょっと息抜きに……」
「会議直前に息抜きか? 青峰。お前、確かその日は前日出兵していたから午前は丸々オフで南棟の屋上で寝ていただろう? まだ息抜きが必要だったか?」
よく見てんな、なんて思っても口には出さない。疑問文の筈がどうにもそう聞こえないからだ。
そして赤司の視線は黄瀬に移る。鋭い眼光で見据えられ、ビクンと肩が跳ねていた。さながら獅子に睨まれた子狐と言った所か。
「黄瀬。お前は軍会議を准将就任後の初回だけで後は一切やっていないそうだな。否、やっていないと言うよりも隊のリーダー不在のまま進められているようだが?」
「う……っ、す、スンマセン……」
身の丈は然程変わらないが、しゅんと頭を垂れると小さく見えるから不思議だ。
「まあ、次回からはもう大丈夫だろう」
ボソッと呟いた赤司の声は恐らく黄瀬に届いていない。それは軍内最高位である赤司と准将の黄瀬の席が離れているからだ。
会議はマイクを通して行うが人が居なくなった今、肉声でも声は充分届く為切られていた。
「当然ペナルティーを課さねば下に示しがつかない」
「へーへー、わーったよ」
「うぅ……はいっス」
オレ達の反応にほくそ笑みながら赤司は口を開いた。
「近々御披露目があることは知っているか?」
「は? 何の?」
オレはいまいちピンと来なかったが黄瀬はビクリと肩を跳ねさせた。それを目敏く見つけた赤司が次に言う言葉は想像につく。
「黄瀬は知っているみたいだな。流石青峰と違い教養がしっかりと備わっているだけはあるな」
「うるせぇよ。戦争に教養も糞もねーだろ」
「ま、青峰は言葉通り力だけでのし上がってきた男だからな。後、野性的な勘か」
「褒められてる気がしねー」
「それはさて置き、黄瀬。説明してやれ」
赤司の言うことは絶対だが、それ以前に現在説教中の身であるから拒否する事も憚られるのだろう。一度固く口を引き結ぶとゆっくりと隙間から息を吐き出し、声を乗せた。
「…………第一皇子の、御披露目っス」
「誰だよソレ」
「我が軍が仕える君主くらい知っておけ」
「は? アソコって子ども居たのか?」
「初披露は彼がお生まれになったその日だからな。まあ、同い年だから知らないのも無理はない。が、毎日しっかりと雑務をこなしていればそんな反応はしない筈だが?」
チラ、と視線だけを寄越すその眼からオレは逃げるように視線を外した。何もかもお見通しなのだろう。
そもそもオレは頭を使う事が苦手だと知っているくせにそう言った仕事も回してくる方もくる方だ。そう思いはしても頭の隅では情報把握も必要不可欠なのは充分分かっている。それでも矢張りダメなのだ。士官候補生時代からそれは変わらない。
「で、その皇子サマの御披露目が何だっつーんだよ」
「御披露目は二十歳の生誕祭と共に行われるのが仕来たりだ。丸三日、厳重警備の元、行われる。初日は貴族等の上流階級が対象で場所は城内だ。中日は皇子直々に各地域へと足を運ぶ挨拶回り。最終日は此処、帝光軍部へ挨拶に来る」
何となくだが話は見えた。つまりはその堅苦しい式典の護衛をやらされると言うわけだ。
「青峰大将には三日間皇子の傍を離れず護衛する事を命ずる。また、青峰大将率いる隊は今回の護衛の中心に動いてもらう。配置等の細部に関することは大将に任せる」
「了解」
「掠り傷一つ許さない。何かあった場合は死を以て償うものと思え。そして、黄瀬」
見たことも無い奴を命を賭けて護ると言うのも釈然としないが致し方ない。今までの戦いだって結局の所、国を護るためのものなのだ。
話を振られた黄瀬は強張った表情をしていた。心なしか顔が青いような気もする。
「お前には、或る意味青峰よりも重要な仕事だ」
「……はいっス」
「お前がしくじれば大変な事になるのは勿論、当然青峰も命に背いた事になる」
「あ? どういう意味だよ」
それはつまり、黄瀬が任務失敗に終わればオレもとばっちりで命を落とす可能性があると言うことだ。
流石に納得出来ず、自然と眉間に皺が寄った。
「これから話すことは他言無用だ」
赤司の声が鋭くなる。つまりそれ程機密事項である。
「少し前に、国王から隠密に依頼を受けていたんだ」
「何の?」
「皇子が行方不明になった、と」
「はぁっ!?」
「……っ!!」
オレも黄瀬も言葉を失った。赤司の命を悟ったのかは分からないが少し黄瀬の顔が青ざめている。
「そこで黄瀬准将に命ずる。生誕祭に間に合うよう皇子を探し出せ。勿論捜索は機密であるから一人で、だ」
「ふざけんなっ!! たった一人で手掛かりから何からやれって言うのかよ!」
「分……かり、ました」
「黄瀬っ!」
「もう……いっスか?」
「ああ、話は以上だ。仕事に戻れ」
「了解っス」
「おい、黄瀬っ!!」
フラッと立ち上がると黄瀬は直ぐに重たい扉の向こうへと行ってしまった。オレもその後を追うように扉へ向かう。無駄に凝ったデザインのノブを掴むと同時に背中に声が投げかけられた。
勿論、赤司しかいない。
「最悪、桃井か黒子に協力を仰いでも良いと伝えておけ。相談をするもしないもお前次第だ、と」
オレは一瞥しただけで直ぐに黄瀬の後を追った。
廊下には既に姿は無かったが黄瀬は簡単に見つけられる。どこに居ても、あのキラキラとした輝きだけは不思議とくすまないのだ。オレが足を向ける方向は全て勘だが、そこに黄瀬が居るような気がした。あくまで勘だが。
けれどもオレの勘は外れたことが無い。
「黄瀬っ」
「っ、ぁ……お、みね、っち」
赤司の前でもしたように肩をビクリと跳ねさせる。振り向いた黄瀬の顔はいつもの眩しい笑顔ではなく、悲壮感漂うものだ。
その顔を見て、何故か背筋がゾワリと粟立った。
夢だ。今朝見た夢が一瞬だけフラッシュバックしたのだ。
起きた時同様、内容は覚えていない。それでも矢張り嫌な感じがする。
「……黄瀬」
果たしてこの言葉を口に出して良かったのかどうかは分からない。それでもこの時のオレは不安で仕方が無くて、言わずには居られなかった。
だから、黄瀬の表情が僅かに強張ったのも柳眉を顰めたのも息を詰めたのも気付けなかった。
「何処にも行くなよ」
反応をいただけてつい嬉しくて調子に乗った結果がこのザマです。何この不完全燃焼なんだろそうなんだろ。