氷黄


 会いたい、と言った所でそう簡単に会いに行ける距離ではない。それでも顔が見たいからと繋げた電車はインターネットの回線を利用したものだ。画面上に映った恋人の顔にお互い表情が綻んだ。

『一日早いけどトリックオアトリートー! なんて』
「この距離だとtrick or treatも出来ないのがもどかしいね」
『無駄に発音良過ぎっスよ』

 口を尖らせてみせる黄瀬に思わず笑ってしまう。「何スか」「可愛い」そんな短い言葉のキャッチボールでさえ画面の向こうはわたわたと忙しなく動く。
 それが可愛いんだよ、とでも言えば彼は一層顔を赤くするだろう。

「お風呂上がり?」
『あれ、良く分かったっスね。ちゃんと髪乾かしたのに』
「だって、色気が凄いから」
『へっ!?』

 紡ぐ言葉は本心だが、黄瀬の反応が一々楽しくてつい、言葉のチョイスを放棄してしまう。伝えたいことを素直に伝える。それは黄瀬と恋仲になって芽生えた感情だ。
 いつだって体当たりで愛情表現してくる黄瀬に真摯な態度で応える方法だった。しかしそれも最近では露骨になりつつあるけれど。

「今の黄瀬君を抱き締められないなんてね」
『……触れて欲しいっス』

 肩を竦ませて本音を冗談っぽく言えば、黄瀬は濡れた瞳で見つめてくる。そして、強請った。
 不可能だと知りながらもその欲求は自分の中にある高ぶりを駆り立てる。

「参ったな。そんなに煽られちゃうと我慢出来ない」
『えっ!? あ、煽ってなんかないっスよ!』
「充分だよ。本当に距離がもどかしいな……」

 画面に向かって氷室が手を伸ばせば、黄瀬もそれに倣って手を伸ばす。画面上では二人の指先がぴたりと触れ合っているのに感覚神経は無機質な温度しか拾わない。
 コンタクトの手段は便利になったが、同時に大変不便だとも思う。目の前にいるのに触れられないもどかしさと今すぐ触れたいと言う欲求だけが募っていく。

「Ryota.」
『?』
「I love you.」
『っ!!』

 愛しいと思えば思う程この手で触れたくなる。抱き締めて、二度と離したくなくなる。そんな気持ちを込めて、最もストレートな表現をと思ったら口から滑り落ちたのは陳腐な言葉だった。
 それでもどうやら効果は抜群のようだ。今まで以上に紅潮した顔は氷室の琴線を擽った。

『た……辰也』
「ん?」
『……生まれてきてくれて、オレと出会ってくれて、ありがとう』
「――っ!」
『オレは、すっごく幸せです』

 そう言って画面上で微笑む黄瀬は言葉通り幸せ一杯の表情だった。そんな彼の表情にも言葉にもドキドキと心臓のリズムを狂わされた氷室もまた、同じ様に笑った。

「I'm so happy too.」

――そして、幸せな誕生日をありがとう。



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