月黄


「くーろこーっちー!」
「黄瀬君邪魔です」
「ヒドッ」

 また来たのか、と呆れたように呟いたのは火神だったか日向だったかは定かでない。どちらにしろ誰もがそう思っているのだろう。
 けれども今日はどうやら目的は黒子では無いらしく、きょろきょろと辺りを見回している。そして次の発言に一同は我が耳を疑うのだった。

「俊サンはまだっスか?」

 静まり返ったのは皆、一瞬誰を指しているのか分からなかったからだ。しかしこの中でまだ来ていない部員とその名を持つ者は一人しか居ない。
 早々に思考回路を復帰させた日向が口を開いた。

「伊月……なら、担任に頼まれ事を……」
「あ、そーなんスか? 良かったっス。休みじゃないんスね」
「お、おう……」

 一体全体何が起こっているのかさっぱりついて行けない中、その渦中の人物がバタバタと入って来た。

「すまんっ、遅くなっ……た……え? 何?」

 伊月の登場に皆一斉に入口を見る。複数の双眸に捉えられ伊月の足が後退りを始めた。
 異様な空気を読み取り怪訝な表情を見せたのも束の間。あっと言う間に驚きのものへと変わった。

「しゅーんさーんっ!」
「うわっ!」

 姿を見つけた途端、「お帰りなさい」と飛び付く金色の毛を持った大型犬のようにひしと抱き付く。ぐりぐりと鼻先を首に擦り付けて全身を使って甘えている。

「部活が終わるまで駅前で待ってるんじゃ無かったっけ?」
「スンマセン。待てなくて来ちゃったっス」
「謝らなくていいけど。連絡くれればオレも担任の頼みくらい断ったのに」
「だったら部活の為に断れバカヤロウ!」

 漸く立ち直ったのかすかさず日向のツッコミが入る。
 キョトンとした反応の直後、何かに気付いたらしい伊月がハッとする。

「車がくるまで待つ! キタコレッ! っていうかナイスじゃナイッスか!?」
「あっははは、全然ナイスじゃないっスよー」

 オレ車じゃなくて電車使ったんスけどー、なんて伊月のダジャレをどう受け止めたのか良く分からない返し方を黄瀬が披露している。ダジャレをダジャレとして受けた上でのマジレスなのだろうか。それとも本気なのだろうか。
 しかしそれよりも――

「あの返し方は黄瀬君ならでは、ですね」
「伊月のダジャレをああやって返す奴初めて見たわ」
「確かに、ツッコむか暴言吐くかのどっちかだしな。……です」
「火神お前ちょっと外走って来いよ軽く一〇〇」
「ちょっ!! えっ!? …………え?」

 きゃっきゃと花を咲かせていた黄瀬は前触れもなく誠凛メンバーの目の前で爆弾を投下した。体育館内は再び水を打ったように静寂を纏う。
 それなのに黄瀬は照れたように笑った。正しく花のような笑顔だ。

「えへへっ。しちゃったっス」
(『しちゃったっス』じゃねーよっ!)

 声にならない日向のツッコミを余所に、隣から聞こえたのは「黄瀬君天使」と言う幻聴と思いたい一言だった。しかし確かに聞こえた可愛らしいリップ音は幻聴で済ませられる筈がない。全員が呆然としているのが確たる証拠である。
 その音を発した張本人は頬を赤く染めている。

「じゃあ部活の邪魔しちゃいけないから、駅前で待ってるっス」
「分かった。終わったら連絡する」
「誕生日おめでとう、俊サン」
「ありがとう。涼太」

 体育館に響くくらいの声で「お邪魔しましたー」と聞こえたのはその場に伊月しか居なかったかもしれない。それくらい、みんながみんな変わらぬ表情を貼り付けたままだった。
 カントクのホイッスルが鳴るのが先か主将の声が轟くのが先かはまだまだ後の話である。



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