日黄


 キレイに整頓された部屋。アロマ的な物は見当たらないがフレグランスのミストでも吹き付けたのか良い匂いがする。量販店で安く購入したのだと言っていた家具は使っている人がそうさせるのか安物には一切見えない。
 そんな部屋にオレは居る。
 洒落たガラステーブルを挟んで向こうに座るのはこの部屋の主である黄瀬涼太。何度も泣いたからか目元が赤い。
 学校も違う奴の面倒を何故オレが見る羽目になってしまったのかと言えば話は数日前に遡らなければならない。

「日向さんっ!」

 部活も後はダウンだけだと言う所で開け放たれた体育館の扉からキラキラ光るそいつが現れた。いつも第一声は「黒子っち」なだけあって直ぐに反応出来ずにいると、ガバッと腰に抱き付かれていた。

「ちょっ! 何っおまっ!!」
「日向さんっ日向さんっ日向さんっ!」
「何だよっ! つか邪魔!」
「助けてくださいーっ!」
「はあっ!?」

 あまりにも必死に訴えてくるものだから、つい、話を聞く体勢になってしまう。それを知ってか知らずか(まあ知らなくたってきっとコイツは勝手に話し始めただろう)ぐすんと涙ぐみながら口を開いた。

「火神っちに聞いたっス」
「は? 火神?」
「日向さん。オレに日本史教えてください」

 ぺたんと割座になってオレを見上げるモデルは非常にあざとい。涙の膜を瞳一杯に張って見上げるものだから体育館の照明をキラキラと反射させている。「ダメ?」と小首を傾げ控え目に言うその唇は瑞々しさが強調され、隙間から覗く白い歯と真っ赤な舌が妖しく誘う。
 その時のオレは何と言って返事をしたのか思い出せないが、しかしこうして黄瀬の部屋で勉強を見てやっているのだから承諾してしまったのだろう。

「うぅ……昔の人って変な名前ばっかっス! これもキラキラネームの類っスか」
「バカヤロウっ! この勇ましく尊い名前をあんな子供泣かせで親のエゴと一緒にするな! 昔の人はちゃんと意味も想いも込めて付けてんだよ!」
「イタイッ」

 いつかの勉強会で小金井が火神に使ったハリセンでキレイな黄色をひっ叩く。

「なが……ながそうわれぶ? べ? もとおやとか言う人なんか長いっスよ。織田さんとか豊臣さんとかの方がかなり良心的っス」
長宗我部元親ちょうそかべもとちかだバカヤロウっ!」
「何の呪文スか。オレ二〇〇パーセントの呪文しか言えないっスよ」
「呪文じゃねーよ、名前だよ! お前のそれこそなんだよっ」
「知らないんスか!? と●とこハム●郎のエンディングっスよ!」
「知らねーよ! いいから解けっ!!」
「イテッ!」

 練習試合した時、笠松さんが黄瀬をシバいていたけれど何となく手が出てしまうのも頷ける。オレはどちらかと言えば口が悪いから其方が率先して出て行く方だが何故か黄瀬を相手にすると手が出てしまう。
 しかしその度にサラ、と流れる髪だとかぎゅっと目を瞑った顔だとか叩かれた後にゆっくりと瞼を開ける動作とか目が離せなくなる。

「元親はな、戦火で焼失した神社や寺の修復を積極的に行ったり、降参した敵の将兵でも自分の家臣になった者達には本領を安堵したりきめ細かい配慮を行った人物なんだぞ」
「良い人っスねー」
「それだけじゃない。讃岐……今の香川に侵攻した元親の軍は《麦薙ぎ》をする際、田畑を耕す農民の食料すべてを奪うことをよしとせず一畦おきにするよう命じたんだ」
「何スかそれ格好良いっス!」

 まるで新しいオモチャを発見したようなどこか期待を膨らませた瞳で「じゃあこの人は?」何て言うからオレもオレで愛する武将達のエピソードが口をついていた。長男が死んだ後の元親について触れなくて正解だったかも知れない。
 刀狩りやら一揆やら、事に至った経緯を話せば黄瀬はきちんと理解したようだ。そこの所はウチのエースとは違うらしい。
 しかしオレはふと思った。一頻り解説して今から問題を解かせようと言う時だったからタイミング的にもまあ良いだろう。だからテキストを解かせる前にオレの質問に答えてもらおうと口を開いた。

「そもそも何でオレなんだ? お前の事だから笠松さんとかに頼りそうなのに」

 わざわざ越境してまで頼みに来て、わざわざ越境させてまでオレを呼びつけた理由は何なのか。
 そう問えば、黄瀬はチラリと上目で此方を見るなり照れ臭そうに笑った。その際、視線は一度下へと落ちる。

「だって……なかなか会えないじゃないスか」
「あ?」
「オフが被っても、疲れてるかなとか考えたら後込みしちゃうし」
「はあ……」
「でも、ちょっと流石にメールや電話だけじゃ足りなくなっちゃったっス」

 罰が悪そうに、けれども寂しそうに笑う。まあ、つまりはそう言う事なんだろうな。
 沢山気を遣わせて沢山我慢させて沢山寂しい思いをさせてしまった結果が家庭教師と言う名のお家デートだ。本当にコイツは変な所で遠慮する。

「じゃあ、それ終わらせたら休憩な」
「やった!」
「たっぷり三時間」
「へ?」
「存分に可愛がってやる」

 休憩の意味を正しく読み取ったらしい。ぶわっと一気に顔に熱を集中させた。
 愛する武将達とは言ったが、それ以上に愛しい恋人をどうやって可愛がろうか。そんな考えばかりが浮かぶ。
 或る箇所から文字がガタガタになっている姿にオレは笑みを深めた。



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