青黄
「青峰っちー!」
風通しの良い渡り廊下を歩いて居たら下の方から数ヶ月ですっかりこの耳に慣れてしまった声が聞こえた。面倒臭いが少しだけ身を乗り出して覗く。案の定、真上にある太陽光を存分に反射する一人の優男が此方に向かって手を振る。それもバカみたいに大きく振るものだから思わず声を掛けていた。
「オイコラ黄瀬ぇ! 恥ずかしいから手ぇ振るの止めろ!」
「えーっ? でもそこからの高さじゃオレのこと見つけられないじゃないスかぁ」
今オレが居る廊下は地上から二〇メートル以上離れている。しかしそれでもオレは黄瀬を見つけることなど雑作もない。
何故ならアイツは何処に居たって、誰よりも輝いているからだ。その少ない光すら反射する金色の髪や女顔負けの白い肌はこの帝光軍本部内でも一番目立っている。
しかし黄瀬はそんな容姿以外でも目立つ事がある。それは軍事的な意味で言えば最悪だった。
「お前、ミーティングはどうしたよ」
「知ってて訊くなんて悪趣味っスよ」
「……またかよ」
「仕方無いじゃないスか。オレは青峰っち達と違って士官学校出てないんスから!」
そう。こいつは士官学校を出ていない。偶然オレの戦闘を見ていたらしく、何処からともなく現れた黄瀬が
「オレも入れてくれないっスか!」
と食い下がってきた。当然生命が掛かっている職だ。そう簡単に許せるものではない。
あまりにも煩わしかったから話だけは最高司令官の赤司に通した。そしたらあろう事か
「へぇ、面白いじゃないか」
と瞳孔を開きながら答えた事により前代未聞の入隊が決まる。
初めの内は「捨て駒は多いに越したことはない」と言う考えだろうと思っていたが、どうやら赤司はその先を見ていたらしい。入隊して二週間であっと言う間に士官の階級まで上り詰めたのだから驚くのも無理はない。しかも下士官をすっ飛ばしている。全体的にイレギュラーな黄瀬に、周りは不審な目を向け始めた。
それから間もなくして、とうとう将官にまでなっただけでなく赤司が率いる特殊部隊『キセキ』にも同時に就いている。それ故に随分と居心地の悪い思いをしているようだ。
このキセキには元来将官以上の者を赤司が直々に選抜して作る精鋭部隊である。当然大将のオレはそこのエースだ。
「だからってミーティングしねぇ事にはお前の部隊、いい加減全滅すんぞ」
「だからそうならないように今はオレが頑張るしか無いじゃないスか」
黄瀬の言う『頑張る』は言い換えれば『無茶をする』だ。
どう言う訳かは知らない――赤司の事だから考えあっての事だろう――が、黄瀬が率いる部隊の殆どはオレ達若い衆が上に立つ事を良しとしない中年・年配者だ。兵や伍長辺りには若者を入れてはいる。しかし今回のミーティングなんかに参加する程の位は全員がオッサンだった。
オレの所だって若くして大佐の奴を入れてるって言うのに。
「お前、ずっとそんなんばっかやってっと、いつかマジで身を滅ぼすぞ」
「いいんスよ。そうなる前に認めてもらうまでっス!」
にっこり笑った気がしたがもしかしたら不敵な笑みかも知れないし泣きそうな笑みかも知れない。正直、存在は分かるが表情までは見えないのだ。
地上で会話していない事がもどかしい。
「黄瀬、暇か?」
「暇っスよー。超暇」
「なら公開闘技場に来いよ。差しでやろうぜ」
「やるやるっやりたいっ! 今日はどれでやるんスか? 久々に日本刀? 銃撃戦?」
「あー……サーベルで良くね? 取りに行くの面倒臭ぇわ」
「了解っス!」
先に行ってる、と駆け出した黄瀬は直ぐに姿が見えなくなった。あれだけ目立つ容姿でいて出生が一切分からない不思議な奴は戦闘センスが抜群に良く、吸収も早いので成長スピードも著しい。体を動かすのが好きだと言うレベルでは説明つかない気もする。
どこかの国の密偵だとかって噂もちらほら聞こえるがそれはまず無いだろう。如何せんあの赤司がキセキに入れたのだからそれは間違い無い。
何はともあれオレはこれからあるミーティングをすっぽかす用事が出来た。相棒の少将である黒子が居るからオレが居なくとも中止にはならないだろう。
わざわざ公開闘技場を選んだ理由を黄瀬が知る事は無いだろうが、知ったとしたら「余計なお世話」だと言われる事は目に見えている。公開なだけあって、そこは階級に関係無く兵だろうが尉官だろうが使用出来る場所だ。そこで黄瀬の強さを見せつけてやればいい。それだけで軽口を叩く者は激減するだろうから。
今はまだそれでいい。
「けど、絶対ぇお前は死なせねーよ」
脇に抱えた書類を通りかかったオレの部隊の大佐に押し付け、オレは会議室とは反対方向へと走った。
目指すは光りの先へ――。
実は黄瀬は皇子でしたーとかね。ベタだなぁ。でもベタなお話好きです。