黄瀬
いじめが原因で自殺を図る子どものニュースが溢れている。毎日毎日ニュースは必ずいじめに関する問題提起ではなく事件をお茶の間に届けて来た。
誰だったか、
「自殺をする人間は弱い」
と言っていた気がする。思い出せないけれど。自殺をする事は逃げに相当するらしい。その人の持論でしかないけれど。
弱いかどうかは知らないが、どちらかと言えばオレは強い人だと思う。けれども同時に自殺する人間は我が儘だとも思う。
人間だけなのだ。自殺なんて考えるのは。
動物も、虫も、植物も皆生きる事しか考えていない。自ら命を絶つなど考えもしないだろう。
それなのに人間は幸福の中、死を選ぶ。死を選ぶ勇気があるのならば生きる勇気に変えればいいのに。
生憎と言うべきなのかは分からないけれど、幸いにもオレは金銭的貧困にも失業にもなった事が無いからそこら辺の苦悩は分からない。けれどもいじめくらいならば経験した。
私物を隠されたり、無視や肉体的暴力だってあった。罵声も浴びせられたし未遂にしろ性的暴力もある。
いつだったか金を要求された時は、
「欲しかったら自分で稼げよ」
と言い返してやったっけ。当然直ぐに恐喝から暴力へと変わったけれど。
そもそもオレがミミズをダメになったのは大量のミミズを口の中に入れられたからだ。生きているもの死んでいるものランダムに。
全く辛くないと言えば勿論嘘になる。けれどもそれが原因で自殺をしようとはどうにも思えなかった。
元々負けず嫌いな性格だ。死を以て相手に屈したくは無い。
歪んだ考えかも知れないけれど、退屈な日々に刺激を与える為のちょっとしたスパイス程度に思えばそれらの相手をするにしても幾分かマシになった。
けれど、そんな白黒の世界に色を差してくれた人達に出会った。
「モデルで有名な黄瀬クンじゃん」
悪い、と謝りはしたけれど悪びれる様子は皆無だった無礼者は実はバスケのスーパープレイヤーだった。
それからオレの世界はぐるりと変わった。人生の転機と言ってもいい。
オレは出会ってしまった。バスケに。楽しさに。あの人達に。
「黄瀬ぇ、お前だけだぞ。ノルマに達していないの」
誰よりもストイックな主将は厳しいけれどいつだって彼が正解だった。飴と鞭を扱うのが上手くて、分かっているのに逆らえない。
ノルマ以上の成績を挙げたら、必ず頭を撫でて褒めてくれた。
「だからお前はダメなのだよ」
いつだってダメ出しばかりしてくる副主将は変人だった。
だけど鉄面皮かと思えば賢いのにどこか抜けてて人間らしさがある。ただ素直じゃ無いだけだと知ると余計に人間らしいと思った。
彼のスリーは酷くキレイだ。ロングシュートを百発百中で決めるくらいの努力家は後にも先にも彼だけ。
「黄瀬ちん、また負けたのー?」
巨体でマイペースでのんびり屋の彼はいつだって腕一杯にお菓子を抱えた妖精だった。
その組合せはミスマッチなのに絶妙にマッチしていて矛盾していると思う。けど矛盾しているのが彼らしいとも。
誰よりも練習嫌いな彼は誰よりも練習に励んでいた。負けず嫌いな性格はこうして矛盾を生み出す。だから体のわりには一番子どもっぽかったりするのだ。
「……黄瀬君」
足は遅いしシュート率は最悪、なのにパス捌きに特化した幻のシックスマンはとても影の薄い人だった。
それ故に何度も驚かされたし何度も彼がレギュラーであることに疑問を抱く。けれども彼が凄い人だと分かると疑問も無くなった上に驚く回数も随分減った。
丁寧な口調と可愛らしい顔をしているけれど、実際は毒舌で男前で凄く格好良い。
そんな人達に出会えたオレは果報者だと思う。人生で一番貴重な体験をしたはずだ。人生と言ってもたかだか一五年だけど。
だからこれらの出会いは神様からの最後のプレゼントだったんだと思う。ずっと退屈で死にそうだったオレへの最後のご褒美。人生一度くらいは楽しませてやろうと言う配慮かもしれない。
何れにせよ感謝しなければならない。
それからプレゼントには有効期限があったと言うのを教えてくれた。エースも主将も副主将も巨人も影もみんなみんな無効になった。きっとそれが節目なんだ。
丁度良い。全中三連覇を成し遂げたしもう引退の時期だし。丁度良い。
だからオレの人生も引退の時期なんだ。そう思うと凄くしっくりきて納得出来た。胸の中にストンと落ちてきた感じ。
「サヨウナラ」
さようなら。大切な人達。離れて行った、大切な人達。
「ありがとうございました」
最期に楽しい思い出を与えてくれた神様と大切な人達。
期限切れなのだから、オレの声はみんなには届かなかった。けど、いつかまたみんなで一緒にバスケがやりたかったって今でも思ってるんスよ。
けどそのいつ訪れるのかも分からないいつかをずっと待つことは耐え難くて、また色褪せた日々に戻るくらいなら――。
「自殺をする人間は弱い」
ああ、確かにその通りかもしれない。オレは今、退屈から逃げている。
違う。
辛くて、逃げているんだ。現実から目を背けて、大好きな人達が離れて行くのを信じたくなくて、見ないフリをする。
楽しかった日々だけを大事にしまっておきたいから。夢物語にしたくないから。だから。
――オレは、バスケと一緒に引退するっス。
そしてオレは人生と共に瞼を下ろした。