月黄


 汗だくになりながら只管ボールを追い掛ける。三対三の非公式チーム戦は普段では考えられない組み合わせで行われていた。
 日陰のベンチには黒子が仰向けに寝ている。実際はバテて倒れているだけだ。タオルで目を覆い隠し半分以下になったペットボトルを片手に寝ていた。
 そんな黒子を一人置いて同じチームである黄瀬と伊月は二人並んで自動販売機へと向かっている。
 屋外用のバスケットコートを所有する公園はとても広く、所々に自動販売機は設置されているもののコートからは少し遠い。ワーワー。キャーキャー。背後から聞こえていた盛り上がった声はいつの間にか遠くにある。

「黒子っち、相変わらずっスねー。火神っちから聞いた話じゃ誠凛さんの練習メニューは鬼だって聞いたんスけど」
「そうだな。特にカントクの機嫌を損ねたら死人が出てもおかしくないレベルだよ」
「うげっ」
「尤も酷かったのは……まあ、合宿を除けば部室掃除をしたした日かなぁ」

 所有者は依然として現れていないが巨乳本が出て来た時の練習は殺人的だったと言う。誰もが殺されると、死を覚悟したらしい。

「そろそろ体力ついても良いと思うんスけどね」
「まあでも帰宅部と比べればある方だし、試合も最後まで保ってるし」
「誠凛さんがいいんならいいっスけど」

 空っぽのペットボトルを自動販売機横のゴミ箱に捨てる。袋を交換したばかりなのか軽い音がした。
 その間に伊月がお金を投入する。

「あーっでも伊月サンのイーグルアイってすっげーっスね! ホント頭の後ろにも目が有るんじゃないかってくらいっス!」
「まあ、それだけが取り柄だしね」
「んなことないっスよ! 何か笠松センパイとは違った司令塔だし黒子っちも居るしこのチーム超楽しいっス!」
「オレも楽しいよ。黄瀬は敵だと厄介だけど仲間だと非常に心強いしね」
「えへへーっ」

 点灯するボタンを押して直ぐ、ガコンッと鈍い音が出る。しかし下部には目もくれず伊月は再度コインを投入した。
 下方に気を遣る必要が無いからだ。品が出て来れば黄瀬が隣にしゃがんでそれを取り出しているのが分かったからこその行動だった。

「あ、お金……」
「いいよ、それくらい」
「でも……」
「後輩は先輩に奢られるものだろ?」
「でもオレ誠凛じゃ」
「今は同じチームだ」
「…………じゃあ、お言葉に甘えるっス」

 照れた笑いを向ける黄瀬に伊月の顔も綻ぶ。
 買ったボトルは全て同じ清涼飲料水だ。スポーツをした後には定番である。

「笠松さんは試合以外でも疲れそうだな」
「え、何でっスか?」
「ウチの木吉はそりゃ試合では頼りになるんだけど、普段は天然要素が多いから……。ほら、笠松さんとウチの日向って少し似てるし」
「大丈夫っスよ! 笠松センパイはツッコミ慣れしてるんで!」

 一体何が大丈夫なのだろうか。幾ら慣れているとはいえ、疲れない筈がないのだ。普段と違ったツッコミで余計に疲れさせてしまわないだろうかと思うものの、その根拠の無い自信には何故か「それなら」と納得してしまう。
 恐らく太陽の日差しをいっぱいに浴びた笑顔がそうさせているのだろう。

「緑間っちん所のチーム名はメガネーズっスよ!」
「ハッ! 眼鏡に目が無ェ……キタコレっ!」
「あっははは! それ何もキテないっスよー」

 もう一捻りください、何て言いながら笑う黄瀬は至極楽しそうであった。
 こうして相対した嘗ての仲間と初めから敵として出会った人達と共に笑ってバスケが出来る日が来るなど夢でしかなかったのだ。いつかまたみんなと一緒にバスケがやりたいと言う黄瀬の願いは、今、半分叶えられようとしている。

「でもオレ、緑間っちと交換してもらえて無かったらあの中に居たんスよねー」

 誠凛のクラッチシューターである日向と青峰曰わく腹黒眼鏡の今吉の間に自分が立つと思うとそれはそれで楽しそうだ。しかし主将に囲まれるのは何だか居た堪れない気もする。
 中学でも赤司に檄を飛ばされ高校でも笠松にシバかれている。そんな黄瀬が主将だらけのチームに入って何もない訳が無い。

「そう考えると、オレ達のチームが一番平和だな」
「そっスね! やっぱオレこのチームで良かったっス!」

 ちゃぷん、ちゃぷんと液体が揺れる。その音に混じって向かいから一際賑わう声が聞こえてきた。

「青峰っちと火神っちが一緒とかマジねーっスわ」

 派手な音を立てて今し方ゴールを決めたのは火神だ。遠目からでも分かるその髪色と体格、そして高いジャンプに豪快なシュートに二人は苦笑した。

「火神っちも相変わらずっスね」
「本当にダンクが好きだな」
「派手好きなんスね、火神っち」
「黄瀬も人のことはあまり言えないだろ?」
「いやいやオレはダンクしか脳が無いんじゃなくて、一番好きなシュートがダンクってだけっスよ?」
「大概だろ。派手好き」
「もーっ! だから違うんスってばぁっ」

 フェンスの中では、双方誠凛、秀徳、桐皇で組まれたチームの試合が行われている。お互いを知っているからこそ敵に回せば厄介なことこの上ない。
 得点回数は火神らの方が圧倒的だが、その分緑間の方はスリーで決めて来るので点差が思うより開いていないようだ。

「オレらのチームが青峰っち達とやるなら、オレが青峰っちで黒子っちは火神っちで高尾くんは伊月さんっスね」
「まあ、高尾にミスディレクションは通じないからなぁ」
「それに火神っちだってまだ黒子っちのミスディレクションには慣れてないだろうし」
「それはあるな」
「それから今日こそ青峰っちに勝つっス! 絶対に勝つ!」
「寧ろそれが目的だろ」

 黒子の傍で大人しく座りながらも観戦を楽しんでいるように見えるテツヤ2号に近付く。匂いで察知したのか此方に顔を向けるなり尻尾を振って嬉しそうに足元に纏わりついた。それを黄瀬もまた愉しげに相手をしている。
 そんな彼の表情は伊月にとって初めて見るものだった。無邪気に笑うそれが見られたのは、きっと打ち解けたと言う何よりの証拠なのだろう。
 動物の効果も多少はあるようだがこの際気付かなかった事にする。



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