火黄


 最近の黄瀬は良く本を読んでいる。それも文庫本ではなく厚みのあるハードカバーだ。曰わく「こっちの方が文字が大きいし行間も少しあるから読み易い」のだそう。
 本を読まないオレには違いがサッパリ分からないが、本人がそう言っているのだからそうなんだろう。しかしその考えで行くならば黒子は読みにくい方を読んでいることになる。まあただアイツの場合は持ち運びに便利だからと言う理由だろうが。
 今日も今日で黄瀬は本を読んでいる。オレの家でオレに凭れながら読んでいる。
 少し違ったのはそれが雑誌だった事だ。しかもファッション誌やバスケ雑誌ではなく、文芸誌。更に厳密に言えば知らないオッサンの写真が載ったページのみ。そこを読み終えると新しい雑誌に手を伸ばす。
 伸ばすと言ってもオレに凭れるのは止めないので届いていないから仕方無く代わりに取ってやる。そうすると嬉しそうに笑って「ありがとう、火神っち」なんて言うものだから退屈だとか構えとか言う言葉も喉の奥へと引っ込んでしまった。

「お前この間から随分と読書家になったもんだな」
「んー、期間限定っスよ」

 それも明日まで、だそうだ。

「何かね、一対一の対談番組でこの人がオレを指名したらしいんスわ。この人作家さんなんスけど」

 手にしていた雑誌の写真をとんとんとそのキレイな指が叩く。
 先程閉じた雑誌にも載っていたオッサンだ。特徴的なホクロの位置がそれを決定付けている。
 どうやらこの人は個性的な眼鏡を幾つも所持しているらしい。先程見た雑誌では赤いフレームが波線のようになっていたが、今黄瀬が見ている写真には緑の丸いアンダーフレームに赤紫のカラーレンズが嵌め込まれている眼鏡を着用していた。

「それで作品とかこの人が載ってる雑誌とか探して読んでたんス。ホラ、試合前に対戦校のビデオ見たりして研究するじゃないスか。アレと同じっス。ちゃんと相手を知っとかないと痛い目見るのはこっちっスから」
「ふーん。その仕事もお前にとっちゃ試合なんだな」
「まぁ、試合……みたいなもんっスね。負けたくないし」
「勝ち負けあんのかよ」

 黄瀬の言う対談番組とは民放でやっている深夜番組だ。いつだったか適当に流していた時偶々見たことがある。その時は落語家がビジュアル系ロックバンドと対談していた。
 異色過ぎるとは思ったものの、流石噺家なだけはある。話の持って行き方やタイミングまでバッチリで、始終ほのぼのとした空気と笑いに包まれていた気がする。
 しかしそんな番組が黄瀬は勝ち負けが存在すると言う。

「次の仕事に繋げられたら云々ってのも勿論スけど。どう考えてもこの人『今時の若い人は』って言うタイプっスよ。その証拠に実際インタビュー記事でも若者を見下したような言い方してたし」
「どの雑誌?」
「そっちの下から三番目のやつ」

 目を向けると黄瀬が読み終えた雑誌が積んである一つの山があった。しかし読み終えた順に積んでいるので下の雑誌を取るのは正直面倒臭い。
 上の方ならば確認しようかとも思ったが一気にやる気を削がれ、適当な相槌しか打てなかった。

「で、若者を一斉にギャフンと言わせたいんじゃないスか? それにオレが丁度良いと思ったんでしょ」
「基準が分かんねーよ。バカそうなモデルなんて幾らでも居るだろ」
「ちょ、火神っちヒドいっスよ! まぁ、オレの見た目って緑間っちと違って賢そうなイメージは持たれないっスからね」
「多分眼鏡掛けても無理だな」
「眼鏡似合わない人に言われたくねーっスよ!」

 反抗のつもりなのか凭れる体に体重を乗せていく。似たような体格の奴が体重を掛けてくると正直重い。
 だがそれはコイツも重々承知なのか全体重を乗せるとまではやらなかったようだ。

「ホラ、オレってばそんなにメディアに露出してないっしょ?」
「まーな」
「それ、バスケ始めてからなんス。でもオフには仕事入れてたりしてて」
「それでも専属契約してる奴とかと比べっと少ねーだろ」
「そっスね。でもさ、そんなオレでも表紙飾っちゃうわけ。他のモデルと比べて読モ以下の働きしかしてないくせに浮上してはいいとこ取りを繰り返してるのが気に食わないんじゃないスか? 仕事をなめきってる若者的な」
「考え過ぎじゃね?」
「それがそーでもないんスよ」

 どうやら喋りながら記事を読んでいたのか、パタンと手中の雑誌を閉じると起き上がってソファーに座り直した。離れていった所が少し寂しく感じた事は絶対に言わない。
 雑誌をまた山の上に積み上げるとオレの膝の上に跨って来た。誘ってんのか。

「業界じゃ結構有名らしいんスわ。若者嫌いで」
「お前、恰好の餌食だな」
「でしょー? もー明後日が怖いっス」

 慰めて火神っちぃ、何てぎゅっと抱きつきながら耳元で甘く強請る黄瀬に思わず笑いが零れた。
 それに敏く気付いた黄瀬はややご機嫌斜めのようだ。

「ム。何で笑うんスか」
「悪ぃ悪ぃ。黄瀬があまりにも可愛くて」
「嘘ばっか」
「嘘じゃねーよ」
「んっ……」

 逃がさないようにしっかりと腰と後頭部をホールドする。その舌だって逃がさない。
 嫌らしい水音が止むと息の上がった黄瀬が涙を湛えながら見詰めてくる。その扇情的な色香に頭がくらくらする。

「負けんなよ」
「絶対勝つっス。だから」

 オレの首に回した腕に力がこもる。それによってまた一段と身体が密着した。
 上気した黄瀬の表情は色気があり、とろんと蕩ける瞳は熱を帯びる。

「だから、収録終わったらご褒美ちょうだい?」

 その言葉に理性の箍が外れてすぐさま了承し、そのまま噛み付いたオレだが、よくよく考えてみれば放送されなきゃ勝ち負けなんかオレには分かるわけが無い。生放送ではないのだから。
 しかし黄瀬が負けることなど微塵も考えつかなかったオレには固より関係無いのかも知れない。



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