日黄


 撮影の帰りだと言う黄瀬は誠凛に立ち寄っていた。正確には男子バスケ部が使用している体育館に、だ。
 彼が入った時は偶然休憩中だったらしく、また偶然一年前の先輩方の話をしていた時だった。其処に偶然居合わせた黄瀬はとある話に元々大きな瞳をこれでもかと言うくらいに大きくする。
 それからはその人にべったりだ。

「えっ、えっ、日向サンて昔金髪だったんスか? マジっスか?」
「ん? あー……昔な。つってもすぐ止めたけど」
「えぇーっ何でっスか!? もし今も金髪だったらオレ、日向サンとお揃いじゃないスか!」
「何でそんなにお前は嬉しそうなんだよ」
「イタッ」

 もしも黄瀬に犬の尻尾が生えていたら、床を綺麗にするモップのように大きく左右に振られていたことだろう。日向に軽く頭を叩かれても嫌がる様子は一切見えなかった。
 しかしこの光景に誠凛メンバーは徐々に慣れつつある。そこがまた不本意な所であるが慣れてしまったものは仕方がない。

「えー、日向サンは嫌っスか? オレとお揃い」
「嫌に決まってんだろ」
「えーっ!」
「そもそもお前のは天然物だろうが」
「そっスよ。でもお陰でお堅い古参の先生には目を付けられちゃってて……」

 困ったと柳眉が下がり訴える。

「何回も地毛って説明しても信じてもらえなくって」
「でも生え際とか黒じゃないだろ?」

 日向が黄瀬の前髪の下に指を入れ、上に上げる。そこには相変わらず日焼けを知らない白い肌とその根元まで毛先と同色に染まっている髪が見えた。どこを暴いても綺麗に色が統一された髪の毛ばかりである。

「そうなんすけど、その先生曰わく『こまめに染髪してる』らしいっスわ」
「んなことしてたらこんなに指通り良くならねーのにな」
「ね! そーっスよね! 絶対あの先生オレがフッサフサだからって僻んでるんスよ! そんなに禿散らかした頭が気になるならアトネやニーイチに行くなりウィッグつけるなりすりゃいーのに」

「いや、そこじゃないと思うぞ」と呆れたように言えば「え?」と目をぱちくり瞬かせて日向を見た。

「後、モデルしてんのも気に食わないらしいんスよ。別に成績落としてる訳でも無いんスよ?」

 唇を前に突き出して拗ねる様は大凡長身の男子がやるものではない。可愛げなど微塵も無い筈である。
 それなのに不思議と彼には違和感無く似合ってしまうのだからつくづくイケメンとはお得だと思う。

 「んでもお前、勉強はまあまあなんだろ?」

 それまでずっと聞き手に回っていた火神が疑問をぶつける。
 その情報は黄瀬と同中出身の火神のクラスメートである黒子だ。それを教えた本人は相変わらずの無表情である。

「ヒドッ!! オレ、やれば出来る子なんスよ?」
「そりゃ見りゃわかっけどよぉ」
「ちょっ! 黒子っち聞いた!? 火神っちがオレの事褒めてくれたっスよ!」
「恐らくそれはバスケに対してですよ」
「エェーっ! バスケだけぇー?」
「それしか知らねーんだからしょーがねぇだろっ」

 火神の言うことも尤もである。
 彼が普段の黄瀬を知る筈も無い。そもそも本屋で立ち読みや購入する雑誌だって黄瀬が活躍するようなファッション誌ではなく、バスケ雑誌や料理本だ。

「黄瀬って、テストじゃどれくらい取るんだ?」
「赤点や補習は免れる範囲っス」
「えっ、それってあまり良いとは言えないんじゃ……」

 伊月の質問に答えれば小金井が首を傾げる。
 確かに火神ほどではないが……と一同は打ち合わせする事無くチラリと誠凛の問題児を見た。

「黄瀬君のはいつも狙ってその点数をとるんですよ」
「は?」

 黒子の言葉に皆頭の中にはクエスチョンマークばかりが大量生産されている。黒子にその事を言われたのが嬉しいのかニコニコとしながら「そうっス!」と元気良く答えた。

「うるせーダアホ」
「イタイッ」

 日向に文句と共に頭を叩かれてその箇所を押さえながら涙も懸命に抑えている。

「オレ、考えるの好きじゃないんで」
「いやあんま答えになってねーけど!?」
「何て言うか、大体配点って決まってるじゃないスか。例えば数学の大問一にある計算問題とか二十問くらいあってそれ全部一点っしょ? 大問三辺りの問三らへんは大抵六点くらい貰えちゃうんすよね。そんな感じで赤点を越えられる分だけの問題しか解かないんスわ」
「何で……」
「そりゃ考えたくないからっス! 後は残った時間を睡眠に使いたいってのもあるんスけど」

 なかなか器用な事をやってのける黄瀬に黒子以外は開いた口が塞がらないと言った状態だ。恐らく考える事が苦手な火神でもこれは真似出来ないだろう。

「実力テストは成績に響かないんで赤点取ってもいーんスけど、点数次第で中間の試験前にある放課後補習に呼ばれるんで一応平均点は取るようにしてるっスよ」
「何か……良く分かんねーけどスゲェな」
「まあ、苦手科目や苦手単元だと頑張っても四割から五割くらいなんでそこだけは時間フルで起きてるんスけど」

 勉強だけはオールマイティーって訳にも行かないんスわぁ。
 そう言って眉を下げて笑う黄瀬はどこか頼りない印象を与える。言葉の裏を返せば、頑張らなければ余裕でレッドポイントに到達してしまうと言うことだろう。

「お前って奴は……っ!!」
「イタタタタッ! 日向サンっちょ、イタイッイタイッス!」

 ガシガシと乱暴に頭を撫で回す日向の太腿をぺしぺしとタップする。その合図に気付くと「おお悪い」と言って手を離す。

「何か黄瀬ってウゼーけど撫でたくなるんだよなぁ」
「ヒドいっス!」

 心の底から謝る気は毛頭無い事など端から分かっていたが、反省の色すら窺えない。しかしこうして好意的な笑顔を見せられると文句の一つも言えなかった。

(こう言う所、ホンット笠松センパイに似てるんスよねー)

 今は神奈川で真面目に自主練に取り組んでいるのであろう恋人を頭に描く。何だかそれだけで無性に会いたくなってしまった。
 けれども今更行った所で蛻の殻であることなど目に見えている。だからこそ実行に移せないのがもどかしい。

「どうした、黄瀬?」

 急に大人しくなった黄瀬の顔を覗き込みながら日向が言った。その瞬間、心配していた表情からギョッとしたものへと変わる。
 何故かは日向には分からないが黄瀬が今にも泣き出してしまいそうな表情をしていたのだ。

「ちょっ、おまっ、どうした!?」
「日向サン……」

 わたわたと焦る日向と視線を絡める。そしてピタリと動きを止めたその一瞬で黄瀬は思い切り彼の無防備な腰に抱き付いた。

「はああああっ!? おまっ、待てっ! 何してんだコラッ」
「ちょっとだけっス! ちょっとだけでいいっスからぁ」
「訳わかんねーこと抜かしてんなダァホッ!」
「だってだって! 寂しくなっちゃったんスもんっ! 日向サンの所為で!」
「ふっざけんな! ヒトの所為にしてんじゃねーよっ」
「じゃあ練習にオレ使ってくれて構わないっスからぁ、だからもーちょっとだけお願いっス!」
「あーもーっ! 勝手にしろッ!!」
「へへっ」

 矢張りどこか物足りなさを感じる。しかしそれは黄瀬が求めている人では無いのだから当然である。そもそも自分から言い出したので文句は言えない。
 それでも、日向と笠松を重ねるのは意外と簡単な事であった。

(明日早めに出て笠松センパイに会ったらぎゅってしてもらおうっ)

 こうして非日常な光景はカントクのホイッスルが鳴り響くまで続いたと言う。



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