黒黄


「りょーたね、おおきくなったらね、くろこっちのおよめしゃんになるっしゅ!」

 キラキラと太陽にも負けないくらいの輝きを放ちながら――それは傷みを知らない金色の髪の毛か満面な笑顔かは定かではない――言われた言葉を黒子はふと思い出す。あの時も今と同じく夕日が沈んで行く時間帯だった。
 職員室で雑務をしていると、右隣にある同僚の机の上に一冊の雑誌を見つけた事がそもそもの始まりだ。
 その表紙を飾るのは嘗て受け持っていたクラスの子の一人だった。卒園してからもう随分と長い。
 大学を出たばかりの新米で右も左も分からなかった頃、黒子はこの表紙で笑っている男の子に何度となく救われた記憶は今でも鮮明に残っている。その容姿と明るい性格からか周囲を惹き付ける魅力を子どもながらに備えていた。

「それが今では人気モデルなんですね。……黄瀬君」

 出会った当時の黄瀬は三歳、黒子は二二歳だった。
 他の人にはきちんと《先生》と付けるのに、どう言うわけか黒子にだけは最後まで付けなかった。
 いつだったかその理由を訊いた時、

「それはくろこっちのことがだぁいしゅきだからっしゅ!」 と、キラキラさせながら笑っていた。その時も矢張りそのキラキラの出所は今一掴め無かったが。
 夕日は殆ど見えなくなっていた。空を占めるのは朱色から紫、そして紺色から黒へとグラデーションが掛かっている。
 教室内に居た先輩が今し方職員室に顔を出し、子ども達が皆帰った事を知らせてくれた。

「今日はもう閉めて大丈夫だよ」
「珍しいですね。佐々木さんと古賀さんもですか?」
「何でも、直帰して良いって言われたって。古賀さんの方は今日は部活が無くなったからってお姉ちゃんが迎えに来てた」
「そうですか。じゃあ、門の方閉めて来ます」
「宜しくー」

 みんなで植えた朝顔のプランターを横切って門に近寄る。錠前を掛けるに少し屈むと、先程まで僅かな斜陽で明るかった手元が陰った。

「黒子っち」

 突然頭上から掛かった声にびくりと肩が揺れる。その拍子に錠前の付いた鎖が揺れ、金属特有の音を奏でた。
 聞き覚えの無い声は記憶に残る物よりも遥かに低い。けれども黒子の事をその様に呼ぶのは三七年間生きてきた中でたった一人しか思い当たる節がない。
 ほぼ衝動的に顔を上げれば、自分よりも高い位置にある頭と視線が絡まった。
 幼さ特有の輪郭の丸みは消えシャープな物へと変わってはいるものの、纏う空気は変わっていない。キラキラとしたそれは見紛う事なく正真正銘つい先程まで脳裏に描いていた人物だ。

「き、せ……くん?」
「はいっス!」

 名前を呼べば嬉しそうに笑った。矢張りキラキラしている。殆ど闇に覆われて暗い中でも彼の光が衰える事はない。寧ろ闇の中で一層輝くのだと知った。

「お久し振りっス、黒子っち」
「お久し振りです。びっくりしました」
「黒子っち、ちっちゃくなったっスか?」
「黄瀬君の背が伸びたんですよ」

 黄瀬の失礼極まりない言葉についムッとして返す。思わぬ成長振りに困惑しているのも確かだ。

 (色気が……随分と増しましたね)

 昔の愛らしさはまだ現在で、それに美しさと艶めかしさが新たに加わっている。なるほど。人気が出るわけだ。

「中に入りませんか?」

 きっとみんなも驚くと思います。
 そう言いながら巻き付けたばかりの鎖を外していく。巻く時よりも急いでいるのは逸る心を体現しているかのようだった。

「あー何かスマセン。もうちょっと早く来られたら良かったっスね」
「いえ」
「まぁでもこのままでもいーんスけどね。黒子っちに用があるんだし」
「ボクに?」

 今や引っ張りだこの人気モデル様が何でもない一般人に一体何の用があると言うのだろうか。キョトンとしながら黒子は聞き返す。
 黄瀬は笑顔を崩さずに一つ頷くと、門の隙間から指を絡ませた。そして満面の笑みをキラキラさせながら言った。

「黒子っちのお嫁さんになりに来たっス!」
「…………え」

 カシャン、と音を立てて落ちたのは一体何だったのか。この時の黒子にはそれすらも解らない程、今の言葉と過去の言葉がリピートしていた。

――黒子っちのお嫁さんになりに来たっス!
――くろこっちのおよめしゃんになるっしゅ!



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