キセ黄


「今日はオレ一人だから家に泊まるっスか?」

 と言ってみんなを誘ったのは部活終了した時のオレ。
 どうしてそう言ったかと言えば、夏休み明けにある実力テストの勉強会の為だ。一部からしてみれば夏休みの課題を終わらせる事がメインになるだろう。
 実際、一旦帰ったみんながお泊まりセットと勉強道具を持って来てから間もなく、赤司っちと緑間っちを中心にした勉強会が開催された。
 それまでは良かった。
 六人掛けのダイニングテーブルに座り黙々と課題を終わらせていたのだ。鋭い監視下にあるため青峰っちもだらけなかったし紫っちも――時折お菓子の入った袋をチラチラと気にしてはいたが――比較的真面目に取り組んでいる。
 そんな時、玄関の方で鍵が回る音がしたのだ。
 それからと言うもの、今はオレだけダイニングテーブルに座り、残りの五人は各々散らばっている。

「なーんでこうなっちゃってんスかねー……」

 彼らの様子を眺めながらオレは一人溜め息を吐いた。

「おばーちゃんおばーちゃん、このあんこ美味しいっ! ね、もー一回食べてもいい?」
「ダメですよ、紫原君。紫原君の摘み食いや味見は限度を知らないんですから」
「黒ちんうぜー」
「おやおや、喧嘩はおよしよ」
「トシエさん、容器は此方の棚ですか?」
「そこの一番奥よ。背が高い人が居て助かるわぁ」

 キッチンの方で会話を弾ませるのは紫っち、黒子っち、緑間っちの三人だ。そして緑間っちに『トシエさん』と呼ばれたのはキッチンの作業台でお手製お萩を作っているオレの祖母である。
 そこから視線をずらしてリビングのソファーを見ると、ある物をキラキラとした瞳で眺める青峰っちが居る。更にずらして併設する座敷を見れば赤司っちが正座で座っていた。
 因みに青峰っちは此方に背を向けているが赤司っちは此方を向いているので表情が良く分かる。正直、赤司っちがあんなに始終笑みを貼り付けている所など見たことが無かった。

「ま、待った!」
「ええ、構いませんよ」
「じーさんっ! これスゲーなっ!」
「ハッハッ! そうやろぉ?」
「おい黄瀬! お前もこっち来いよ」
「お断りっス!」
「あーいかんいかん。涼太はいっちょんそいの良さば分かっとらん」

 分かりたくもない。
 如何せん青峰っちが熱心に眺めているのは虫の標本なのだから。しかも今赤司っちと将棋を指しているオレの祖父が実際に集めて作った物だ。
 因みに、祖父の標本等のコレクションを収納している一室だけは幼少期に初めて足を踏み入れて以来入って居ない。
 そもそも今日は一人の筈だった。
 鍵の音がして直ぐに、オレはドアが開く前に玄関へ行った。そこにはキャリーバッグを持った祖父母が居たので驚いたのはまだ記憶に新しい。
 聞けば、進路を変えた台風の影響で目的地までの飛行機が飛ばくなったらしい。二人は老人会の慰安旅行の予定だった。しかしそうなってしまっては行けるはずも無く、引き返したようだ。
 だからオレが二人の荷物を片付けに行って戻って来た時には既に五人の姿はテーブルに無かった。

「……にしても」

 あっちを見てもこっちを見ても、誰も此方を見ては居ない。

「……さびしいっス……」

 携帯を取り出して巷で噂のくろちゃんねるにでも書き込んで安価行動してやろうか、なんて思ったり。掲示板の住人はオレを構ってくれる。だから寂しく無い、なんて。オレはどこのヒッキーだよ。
 各々楽しそうにしているのを見ると、何だか無性に胸の中に蟠りが出来た気がする。心なしかお腹の辺りがもやもやしていて胸の内側が苦しい。と言うか痛い。

「何で……」

 何でだろう。そう言いかけた時、原因が分かったような気がした。

「何でだよーう……もぉ」

 このもやもやを何とかして欲しくて、オレは携帯を弄った。
 第三者に解決策を求めよう。オレはバカだからきっと良い案など浮かばない。
 だけどこの時のオレは全然知らなかった。
 まさかみんながじぃじとばぁばに気に入られる為に必死だったなど、見当も付かなかったのだ。だってまだオレはひとりぼっちだったから。

――『【お力添えを!】オレの大好きな人達がオレの大好きな人達を占領してる!』



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