高黄


 視界にキラキラとやけに眩しいものが入ってくるから其方に目を向ければ珍しいものを見つけた。
 オレにとっては、だけど。

「ちょーっとちょっと何してんの!」

 人集りに向かって声を張る。其処に居る殆どの人が此方を見た。しかしオレが狙って居たのは視線よりも、人垣の油断だ。お陰であれよあれよと目的人物の前に辿り着く事が出来た。

「ずっと待ってたんだけど。っつかメールも電話も無視すっからもう黄瀬君置いてこうぜって話まで出ちゃってたんだからなー?」

 腕を掴んでぐい、と引っ張る。

「あ、え……ごめんなさい」
「緑間なんかご立腹だぜ? ホーラ、さっさと行こっ! ってなワケでお姉さん方、黄瀬君は返してもらうよー」
「あのっ、ごめんね!」

 キラキラしたそいつは律儀に申し訳無さそうに不特定多数の女性陣に別れの挨拶をした。イケメンはやることが違うねーなんて思いながらオレは人波を縫うようにさっさと進む。
 そうして辿り着いた場所はショッピングモールの飲食店が集まる一番入り口に近い所にあったお馴染みのマジバだ。取り敢えず黄瀬に席取りさせておいてオレは二人分の注文をして戻ってくる。

「どーぞ」
「あの、ありがとう……えと」
「高尾。高尾和成。緑間と同じ一年レギュラー」
「……すみません」

 黄瀬がオレを知らないのも別に不思議じゃないからオレとしては構わないのに。何せオレは黄瀬や緑間みたいにキセキと呼ばれたりする程有名じゃない。ましてや目の前の彼みたいに有名人でもない。
 それなのにちゃんとした会話はこれが初めてにしろ何回か会った事があるからか、彼はオレの名前を知らなかった事に罪悪感を覚えている。しょもんと申し訳無さそうに下げられた頭を思わず撫でたくなったが何とかジンジャーエールの入った容器を持つことで誤魔化した。

「後、助けてくれてありがとうございました」

 今度はしっかりと頭を下げられる。この切替の速さは恐らく業界で培ってきたものだろう。そしてこの見た目に反した礼儀正しさもきっとそうだ。

「いーよいーよ。あんなん只のお節介じゃん?」
「そんな事っ」
「真ちゃんも黄瀬君みたいにもーちょっと素直になってくんないかなー」

 少し強引だったかも知れない。けれども話題を変えることに成功した。
 そうでもしなければいつまでも頭を下げられ兼ねない。そんな気がしたのだ。
 きょとんとした表情は初めて見る、恐らく《無防備》なものだろう。少なくとも外面ではない。何故なら今の彼からは緑間や笠松さんと一緒に居た時の空気に似ていたからだ。

「海常で初めて会った時の事覚えてる? 誠凛と練習試合したの。水飲み場で黄瀬君と緑間が話してて」
「あっ! リヤカーの!」
「そ。そのチャリヤカーさ――」
「ぶはっ!」

 突然笑い出したイケメンに今度はオレがきょとんとする番だった。どこに笑う要素があっただろうか。それよりも、

――コイツ、こんな笑い方すんだ……。

「ちゃっ、チャリっ……チャ、チャリヤカーっ、ぶっ! くくくッ」
「えー、そこ? そこなの?」

 お綺麗な笑い方じゃなく、年相応の笑い方に何故だか目が離せなかった。

「っ、ふッ……すまっ、つづっ続けて……」
「まぁいーや。そのチャリヤ」
「ぶはぁっ! スマセッ、無理っ! も、お腹、痛いっ!」

 本当はチャリヤカーの運転がじゃんけん勝負であるとか、毎回負けてやってんのにお礼など言われた例が無いとか、まあ比較的どうでもいい話をしようと思っていた。しかしどうも笑いの沸点が低いのかツボが人とズレているのか黄瀬は体を震わせている。
 オレは毎回真ちゃんで笑っているけれど、自分が人を此処まで笑わせられるとは思わなんだ。

「黄瀬君の今の顔は結構好きかも」
「へ、……」

 しまった、と思った時にはもう遅い。目の前のキレイな顔が翳る。

「あー何て言うか、緑間の名前出した時と同じ顔っつーか空気になるからさ」

 言い訳がましいがしかしそれは事実である。
 初めに腕を掴んだ時は強ばっていた。しかし緑間の名を出した途端に力が抜けた気がする。そして此処に来てからもどこか余所余所しく他人行儀な彼は、矢張り緑間と絡んだ話をすると無防備になり、砕けた。
 恐らく、彼は無自覚なんだろう。

「だから、外面な黄瀬君よりもそっちの方っつーかバスケ関係の顔? の方が好き」

 そう言ったら翳る表情から一転して、ふにゃ、と笑った。
 え、何。何その顔。何か……何かっ、

――めちゃくちゃ可愛いんですけどォ!

「何か、緑間っちと上手くやっていけてるの分かった気がするっス」
「えー?」
「さっき、緑間っちにもうちょっと素直になってほしいとか言ってたっスけど、オレからしてみたら緑間っちは高尾君に充分素直っスよ」
「うっそだぁー」

 空気が変わった。それがひしひしと伝わる。顕著なのは彼の言葉遣いだ。さっきまで存分に他人行儀だったのに、ふにゃんとした笑顔を見せてくれてからと言うもの、真ちゃんや笠松さんに話すようなフランクなものに変わっている。
 たったそれだけの事なのに、オレは嬉しいと感じてしまっているわけで。

「オレ何かメール送ったって碌に返信来ないし、こないだ何か『がんばれ』って送ったのに『死ね』で帰ってくるし会う度に『だからお前はダメなのだよ』って開口一番にダメ出しされるし中学の時なんかいっつも素っ気ないし邪魔とかウザイとか毎日言われたしっ!」
「お、おぉ……。何か、ごめんな?」
「でも良かったっス。高尾君みたいな人が傍に居てくれるから、緑間っちもちゃんと秀徳の一員になれるんスよね」

 そう言った黄瀬の顔は本当に安堵の表情で、どんなに罵声を浴びせられていても何だかんだで彼は緑間が好きなんだなーなんて。それだけで伝わってきた。

「緑間っちって付き合い難いかも知れないし、いっぱい失礼な事やっちゃったり言っちゃったりしちゃうと思うんスけど……でも、どうかこれからも仲良くしてあげて欲しいっス」

 その大きな瞳はキレイに照明を反射して髪の毛と同じくらいキラキラと光っている。まるで懇願するような切実な気持ちが伝わってきた。
 彼はきっと離別した今でもキセキの連中が好きで好きで仕方がないんだと思う。

「バスケでも日常生活でもフォローしてあげて欲しいんス。どうか、見放さないでくださいっス」
「ぶはっ! 黄瀬君は真ちゃんの何なの」

 あまりにも真剣に言ってくるものだから思わず流されそうになったけれど、しかしよくよく考えてみれば言っている内容は友達らしからぬ発言だ。
 けれども何となくは分かる。
 帝光でレギュラーだった緑間はスタメンも同じキセキでしかも同級生だ。各々のキャラも我も相当強かったに違いない。だからこそあのままでもやって行けたんじゃないかって思う。
 しかし今はどうだろう。上級生が居て、一年レギュラーで、去年迄とは勝手も状況も全然違う、そんな中で自分のスタイルを崩す事なくやっていくのは矢張り見ていてキツいだろうと思う。緑間みたいなタイプは特にチームに溶け込み難いだろう。

「黒子っちは火神っちも居るし、大丈夫だなって思うんス。青峰っちも今はあんなんスけど、本は絡みやすい人だしそれに桃っちも居るから。赤司っちは色んな意味で心配はないし、紫原っちだってバスケの態度はあんまり良くなくても人柄は良い人だし上手くやっていけると思うんス。でも、緑間っちって人を選ぶって言うか……人付き合いは不器用な人だから……。独りは、寂しい……から」

 あー何だろう。何だろうこれ。
 黄瀬の新たな一面を発見した気がする。彼は誤魔化すのも嘘も得意だ。けれども無防備な時――特にキセキの話なんかをやってる時はどうも表情に出がちである。

「安心しなよ。オレは真ちゃんの事嫌いじゃねーし。寧ろ面白いって思ってるから」

 今度は誤魔化すなんて出来なかった。気付けばオレの手はキラキラ光る髪に伸ばされ、撫で回していたのだ。あー思った通り指通り良いなー、何て全く関係の無い事を思ったりして。
 そうしたら、彼、何て言ったと思う?

「えへへ。ありがとっス、高尾君」

 って、へにゃあ〜って笑って気持ちよさそうにするんだぜ!
 あーキセキはこれを毎日独占してたんかなぁとか何か羨ましいなぁとかでも今はこれオレだけに向けられてんだよなぁとか思ったら思わず口角が上がった。
 そしてパシャリと一枚いただいた。勿論オレが撮りたかったのもあるけれど、一番の目的はこの笑顔はもうあんたらだけの物じゃないんですよーザマーミロって言いたかったから。当て付けに頭を撫でるオレの右手――因みに黒のリストバンド付き――も一緒に写した。
 それから口実も一つ浮かんだ。

「ね、真ちゃんの事で相談したい事があったら連絡してもいい?」
「え!」
「勿論、忙しい時は返信してくれなくてもいいし。もしよかったらくだらない話とかにも付き合ってよ」
「えっ、え、い、いいんスか? オレで」

 彼は一体何に驚いているのだろうか。
 目一杯に大きく見開いた瞳は驚きの他に喜びや期待でキラキラしている。
 だからオレはきっと喜びそうだと思う言葉を選んだ。

「オレは黄瀬君がいいの!」

 見事的中。
 こんな笑顔きっと愛故に虐めまくっていたキセキの連中はあまり見たことが無いんじゃなかろうかと思ってしまう程の表情を見せてくれた。それを至近距離で見られた優越感と言ったらない。
 互いの携帯を突き合わせ、イケメンの番号とアドレスをゲットする。こうしてオレはハイスペックな友人が出来た。同時に相方の面白い反応を見る格好のネタを手に入れた。
 雑談をしながらテーブル下で左手を動かす。ブラインドタッチ何て楽勝だ。それ以前に視野が広いので見えないこともない。
 そうして作った新規のメールは相方と試合でぶつかったり偶然お好み焼き屋で出会ったもう一人のキセキの彼へと送信されたのだった。当然、例の写真と共に。

「ね、今度さ、一緒に映画でも観ねー?」
「い、行くっ! 行きたいっス!」



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