笠黄


 好き?嫌い?
 スキ?キライ?

「好きです」

 そう言われたのはほんの二〇分前のこと。
 色素の薄い茶色の髪を緩く巻いて顔を赤らめながらの告白。テンプレートが用意されているのかと思うほど、この手の女子が多かった。髪型は違えど、茶髪で巻き髪加えて化粧は過半数にのぼる。
 いつものようにやんわり――バスケの時間を割きたくないとか放課後も休日も部活や仕事があるし君に淋しい思いをさせてしまうからとか――と断って体育館に顔を出す。
 あー今のでバスケの時間ちょっと減ったなぁ、なんて少し酷いことを考えながら。恐らく、勇気を出して告白してきた子が聞いたら大号泣になることはまず間違いない。
 今まで感じたことの無い感情に気付くと何故か胸が大きく脈を打った。

「まさかバスケに恋してる、なんて……どっかの青春漫画でもあるまいし」

 キュッキュッとバッシュと床の擦れる音が耳の奥まで届いて心地良い。
 自然と足が向いた方へ歩いてきたので、そこについて漸く体育館の裏口に来てしまったと気付いた。
 まあいっか、と思いながら入り口に凭れ掛かり、そのままずるずるとひんやりとしたコンクリートの上に腰を下ろす。
 目を瞑り耳を澄ます。時折前方から吹く風と後方から聞こえる音に感覚を研ぎ澄ませ、脳裏に浮かぶ映像を瞼の裏に映し出す。

――今、レイアップ外した。リバウンドうるせー。ラ行言えてねーし。カウンター……お、攻守変わった。早くね?

 集中していたから気付かなかった。忍び寄る人影に。

「おっ前はいつまでそこでサボってる気だこのバカッ!」
「ぎゃっ!」

 怒声と共に肩に痛みが走る。そして体が傾きコンクリートの上に倒れた。手をついていたので頭を打つことは無かったが。
 驚いて目を開けると片足を上げたままの笠松がアオリで見える。その足で蹴ったのだろうが今にももう一度蹴ろうとしているようにも思えて仕方がない。

「なっ、なっ……な!?」
「ずっと裏口にいるから何してんのかと思えばサボって寝るたぁ良い度胸だなキセキの世代サマよぉ」
「イテッ痛って! スマッセン!スイマッセーン!」

 矢張り蹴られた。否、踏みつけられる様に何度も蹴られたと表現した方が正しいのかも知れない。
 ヤメテヤメテ、と手の平を見せて抵抗するも笠松はそれすらも踏みつけた。しかしそこは矢張りプレーヤーなだけはある。踏みつける足には全く力が加わっていない。

「ったく」
「イッテテ……。あーあ、笠松先輩が俺の選手生命に関わる致命傷を負わせたからもう今日はバスケ出来ないっスー」

 倒れた上体を起こしながら泣き真似をしてみる。しかしそんな小芝居は全く相手に効果は無かった。

「あっそ。じゃあ帰れ」
「うわあああん! スンマッセーン! 嘘っス嘘っスー!」
「っだあああ! んなこと分かってるっつーの! うるせぇっマジで泣くな鬱陶しい!」

 笠松に言われた温度の無い言葉に黄瀬の大きな瞳に水の膜が出来る。
 ズボンにしがみつきながら謝罪を繰り返す巨体を引き剥がそうと必死になるも、彼を宥めない事にはどうやら離れてくれないらしい。

「部活終わったら1on1付き合ってやっから」
「……っ」

 潤んだ瞳を喜びの色に輝かせながら見上げてくる海常のエースはとても心臓に悪い。
 恐らくモデルの仕事をこなしている時は自分の武器を承知の上でやっているのだろう。けれども部活の時はどちらかと言えば言動の大半は素のように思える。だからこそ、厄介なのだが。
 ワシャワシャと少し乱暴に頭を撫でてやれば「わっ」と短く鳴いてしがみついていた両手が笠松から離れる。その期を逃さず、瞬間、一歩後ろに下がった。
 小さく文句を言いながら軽く頭を左右に振り、チョチョイと手櫛で整えてやればいつもの髪型に戻る。
 短く切っている笠松と違い、スポーツマンにしては長めである黄瀬の髪は柔らかく指通りが良い。偶にその頭に触れる時、触れた指先から熱を帯びて行くような感覚を何度となく経験してきた。
 正直、黄瀬の髪は――

「……好きだ」
「へ? 何か言いました?」

 きょとんとした顔で見上げる後輩に笠松の心臓がドキリと疼いた。顔に集まる熱が面に出る前に何とかしなければと、今度は強めに肩パンを食らわせる。

「イッテ! なんなんスかっもうっ」
「サボってるお前が悪いんだろうが! 後五分で来なかったら1on1付き合わねーからなっ」
「ちょっ、酷ッ!」
「嫌ならさっさと着替えて来い!」

「笠松先輩の鬼ーっ!」と走りながら叫ぶもその顔は締まり無く笑っていた。

「鬼はどっちだよ……」

 その場にしゃがみ込むなり、先程まで黄瀬が座っていたコンクリートの上をなぞる。僅かに体温が移っているのか温かい。
 後四分弱。
 それまでに彼は体内の熱と練習とは別の理由で速くなった鼓動を落ち着かせなければならなくなったことなど、その原因を作り出した張本人が知る由も無い。



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