赤黄


 朝、着替える前にやることがある。
 それは鏡で確認出来たら実行に移すのだが、どうやら今日は当てはまるらしい。

「――ッ!」

 今日もまた一つ傷を増やす。

「お疲れ様ーっス!」
「お疲れ様です黄瀬君」
「ねー黒ちんお菓子なぁいー?」
「ありません」

 放課後、クラスメートの紫原を引き連れて黄瀬が部室に顔を出した。其処には既に他の一軍レギュラー陣も来ている。二人に挨拶を返したのは黒子である。
 続いて緑間、青峰が反応を示す。最後は赤司に改めて挨拶をした所で彼から返事がくる。赤司への挨拶はその他大勢と一緒くたにしてはいけないとバスケ部内では暗黙の了解になっていた。

「黄瀬、その傷はどうしたのだよ」
「え? ああ、これっスか?」

 緑間が眉間に仕業を寄せて痛々しげに顔を歪ませる。その視線の先に気付いたのか当の黄瀬はと言えばケロリとしてした。
 緑間の声にその場に居た全員が彼の脚に目を向ける。黄瀬はそれを意に介さずさっさと練習着のシャツに手早く着替えた。

「お前、まさかまた何か隠してんじゃねーだろうな」
「ちょっ誤解っス! ってか青峰っち凄まないでっ、怖いからっ!」

 青峰の態度も頷ける。如何せん黄瀬が生傷を作って来るのは過去にも多々あったからだ。
 羨望も嫉妬も一心に受ける黄瀬は度々ターゲットにされる。彼が一軍に昇格した頃は二軍の上級生による恨みや妬みで理不尽な体罰を与えられていた。しかし頑固で負けず嫌いな黄瀬は決してSOSサインを出すことは無かった。結局、痺れを切らしたレギュラー陣が行動を起こし一件は解決したのだ。因みに、当時の上級生は強制退部を命じられている。
 だからこそ疑いたくもなる。黄瀬の左脛に三本の指がすんなり収まる程の青痣が出来ていたのだから。

「これは本当にそう言うんじゃないんス。昨日風呂上がりに柔軟してたら棚に足が当たっちゃって、上に乗ってた物が丁度ヒットしたんスよー」

 やっちゃった、とヘラリと笑う。

「その時かなり眠かったし、腫れても無かったから湿布とかは明日でいいやーって思ってそのまま寝たんス。でも今朝は結構ギリギリに起きちゃって、脚の事なんかすっかり忘れてたっス!」

 疑いの眼に睨み付けられる中、黄瀬の笑顔は種類を変えなかった。先に目を逸らしたのは青峰達だ。これ以上言葉を紡ぐつもりも無い事を感じ取ったのだろう。
 しかし再度青峰は黄瀬を睨んだ。

「おい、黄瀬ぇ」
「何スか?」
「何かあったらオレらにバレる前に絶対ぇ言えよ。隠してたって直ぐに分かんだかんな」
「はいっス!」

 凄みを利かせた鋭い目つきも低音の声も、今の黄瀬には物怖じする要因にはなり得ない。彼らが如何に黄瀬を心配してくれているのかを充分理解しているからだ。
 先に着替えたメンバーがぞろぞろと部室を出て行く。黄瀬も後はバッシュを履いてタオルをバッグから出せば終わりだ。しかしそれでも部室をまだ出られ無いのは備え付けのベンチで優雅に座る主将が視界に入ったからである。

「あの、赤司っち」
「お前は柔軟を始める前に保健室で湿布してもらえ」
「赤司っち」
「何だ?」
「何だ、じゃないっスよぉ」

 仮に黄瀬に犬耳と尻尾が生えていたら、へちょ、と何れも下向きになっていただろう。そんな想像を相手に容易くさせてしまう程に普段の彼は犬っぽく、とても情け無い顔で情け無い声を出した。
 その顔はぽわぽわと朱が全体を染めている。潤んだ瞳は羞恥を奥に秘め、真っ直ぐに赤司を見つめていた。ハの字に下がった柳眉は矢張りどこか頼りない。

「おいで」

 甘い声音はまるで麻酔薬のように黄瀬をとろとろに痺れさせる。
 隣にちょこんと腰を下ろせばその視線はうろうろと宙を彷徨う。ほんのりと色付いた目元に赤司の唇がそっと触れた。

「赤司っち……」
「黄瀬もバカな事を考え付くね」
「ひどい……。でもこうなったのも本を正せばっ」
「コレ、のせい……だろ?」

 シャツの上から触れられた指は鎖骨辺りをゆるりと往来する。その行動に思わず黄瀬の息が詰まった。たったそれだけでも身体がびくりと反応を示すのだ。必死に唇を噛んで耐え忍ぶ姿は堪らない。

「まあ、暫くは皆脛の内出血に視線が行くだろうからね。もう一つ、増やそうか」
「へ、ぁッ、だめっ……ひんっ」

 黄瀬の制止の言葉など有って無いようなものだ。少なくとも赤司には通用しない。
 首の右側を隠している髪を指で掻き分け肌を露わにする。頸動脈から耳に向かって指を這わせる途中、柔らかい箇所を見つけると赤司は躊躇わずに唇を押し当てる。そして、通常のキスよりも強くきつめに吸った。
 熱を感じたら最後。黄瀬の首には赤々とした鬱血痕が刻まれている。

「も〜、何の為にオレが生傷作ってると思ってんスかぁ」
「俺だって、わざわざ見付かる所に付けたりしないだろ?」

 今し方出来たばかりの傷痕を撫でる。過敏に反応する黄瀬の髪がサラリと揺れた。

――ほら、ちゃんと隠れる。

「赤い痕を知るのは俺だけで充分だと思わないか?」

 言っていることもやっていることも滅茶苦茶だけど、素直に頷いてしまうあたり黄瀬も相当惚れ込んでいるらしい。

――知ってるっスよ。そんな事。

 ずっとずっと赤しか欲しく無いのだから。



痣はよりもが望ましい
(だから、赤はオレだけの色)



黄瀬受けを主題としたお題消化型企画サイト:無辜様へ。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -