赤黄
「来ちゃった」
「来ちゃった、って……」
体育館の出入り口から顔を覗かせたのはサラリと金髪を揺らす元チームメートだった。思わぬ来客で館内は水を打ったようにしんと静まる。しかしそれも一瞬のことだ。
やがてはひそひそと、次第に通常の大きさまでクレッシェンドになる。
誰? あれ、もしかして黄瀬じゃね? 黄瀬って海常の? いやそうだろ絶対。でも何で? っつか海常って神奈川じゃなかったっけ? まあ新幹線ですぐだけど……。
そんな部員の声を一喝する事も無く、赤司はボールを小脇に抱えて扉の傍でにこにこと機嫌良く立つ黄瀬に近付いた。
世間は春休みに突入している。進級を四月に控えた者は悠々自適に過ごせることだろう。しかしそれが危ぶまれる者はお慈悲の救命措置を受けている時期だ。そのため彼がまだ昼間であるにも拘わらず京都に居ること自体はおかしくはない。しかし赤司は首を傾げずにはいられなかった。
「仕事か?」
「流石赤司っちっスね」
成る程、それならば合点が行った。
疑問が解決したからか赤司の表情は幾らか和らいだ。
「部活は?」
「本当はね、この仕事も断るつもりだったんスよ」
笠松先輩達が引退して、新しいチームでやって行くって時期に仕事とか無いっスわ。普通なら断ってたっス。
なんて肩を竦めながら笑う。
それを聞いて新たな疑問が生じた。
「だったら何故引き受けた?」
真っ直ぐ目を見て言えば、目の前のモデルは途端に顔を紅潮させる。
「分かってるクセに。……それ訊くんスか?」
「分からないから訊いているんだ」
「嘘だ」
「ほう」
「オレの口から言わせたいから意地悪してるって分かってるんスから!」
「なら話は早いじゃないか」
「うぅー……」
結局赤司には勝てないのだ。早々に白旗を挙げた黄瀬は依然と赤いままの顔を俯かせながら口を開いた。
「ロケ地が、京都だったから」
「だから?」
「……だかっ、だか、らぁ……」
眼前に居る赤司はにやにやと何もかもお見通しな笑みを浮かべている。恐らく普通に続きを言った所で「聞こえない」などの適当な理由を付けて何度でも言わせるつもりだろう。
何だかそれを思うと悔しくて、つい、反抗してしまった。
「だ、からっ……ロケ地が京都だったから赤司っちに会えるんじゃないかって思ってっていうか赤司っちに会いたくて赤司っちに会うつもりで承諾したんスよぉ!」
黄瀬の大声を以てした告白に再び館内はしんと静まり返る。
そしてその沈黙を誰よりも早く破ったのは赤司の「クスッ」と小さな笑い声だった。
「ご褒美だ」
「……っ! ぁふ、ん」
どこかのブランドであろうネクタイをグイッと引っ張って多少の化粧っ気のある唇に吸い付く。
「ッ、ぁ……か、し……ちぃ」
とろとろに蕩けた黄瀬は昼間にも拘わらず扇情的である。
「こんなっ、じゃぁ、オレ、戻れな……ぁ、っスぅ」
「ならば暫く此処に居れば良い。時間の許す限り、な」
きっと赤司は知っていた筈だ。黄瀬がひょこっと顔を覗かせた時からこうなる事もこうする事も何もかも。
只一つ予想外であった事を挙げるならば、再会してたった三ヶ月程度しか経っていないのに、こんなにも妍艶且つたっぷりの色気が漂っていた事だろう。
「久々に躾をしてあげようか」
そんな彼の呟きは、余韻に浸る黄瀬に届きはしなかった。