笠黄


 湯島天神門前町にある一軒の店の一室に一人の少年と一人の青年が居た。
 ここら一帯どこを探しても少年程見目麗しい者など居ないと青年――笠松は思っている。
 この少年の名は涼。陰間茶屋で最も人気のある陰間だ。美しい金糸の髪は日の下でも月の下でも美しく輝き指通りが良い。新雪を思わせる白皙は非常に滑らかで一度触れると病み付きになる。
 雲に隠れていた月が顔を出し、室内に光を降らせる。それが二人を照らし出した。

「今日も抱かないんスか?」

 口を尖らせて拗ねるように涼が言う。言葉には多少甘えた声を織り交ぜていたが、しかし笠松に効果は薄いらしい。

「何でんな顔してんだよ。今晩は身体を酷使しなくて良いんだから喜べよ」
「……だって」

 笠松の腕を枕にころんと寝返りを打つと、体を更に寄せた。鼻の先が付きそうな程の距離であるのに唇を寄せることも憚られるのはやや不機嫌な顔の笠松のせいだろう。
 笠松と寝た夜はまだ一桁である。しかしそんな数少ない中で体を重ねたのはほんの二回だ。来ると必ず涼を買うくせになかなか手は出してこない。手は出されているので奥手と言うわけでもないらしいがそれにしたって彼は涼に対して興味が無さ過ぎである。陰間茶屋ナンバーワンのプライドもあってか、そろそろ涼の我慢も限界に近い。
 幼少の頃から男に抱かれる為の教育を徹底的に施されてきた涼である。本来ならば言葉遣いとて非常に丁寧でその容姿も相俟って女郎と錯覚する客もしばしばだ。しかしこうして砕けた話し方をしているのは、初めて体を重ねた日に、

「その話し方やめろ。お前に似合ってねー」

 と、笠松から指摘されたのだ。
 だから笠松限定で彼は言葉遣いを改めている。
 涼からしてみれば普段から一回りも二回りも歳上の男を相手にしているので笠松程若い客はそうそう居らず、興味をそそるに足る。更に言葉遣いを改められたのも初めての事で、いつしか彼が来るのを楽しみだと感じるようになっていた。

「そんなに魅力無い? 宴会も付き合いで来たから仕方無くオレを選んだんスか?」

 襟の合わせを細い指が蒲団の中できゅ、と遠慮がちに掴む。
 部屋に入るなり蒲団に押し倒されたので胸も高揚し、久々に彼に抱かれると期待していたと言うのに口を開いた笠松が告げた言葉は「もう寝ろ」だった。拍子抜けも良いところである。

「オレはっ、オレは、ずっとずっとアンタが来てくれるの待ってたんスよ?」

 ぽろり。
 溢れた涙が重力に従って目頭や目尻を濡らしながら落ちていく。

「高いお金だって出してるのにっ」

 ただでさえ陰間は高いのだ。特に涼程の人気を買うとなると吉原では中級から上級辺りの女郎に匹敵する。それなのに笠松は毎度手を出さずにただ添い寝をして一夜を過ごすのだった。

「オレじゃ、気持ち良くなれない?」

 笠松がこれでは容姿や技術を自負する彼も流石に落ち込む。一番気持ち良くなって欲しい人に何もしてあげられないのは思っていた以上に辛かった。
 はらはらと流れる涙を節ばった指がそっと掬い上げる。
 困ったように笠松が笑うとそっと額に唇を押し当てた。

「そんなんじゃねーけど。っていうかオレはお前と体を繋げるのは好きだよ。この上無く気持ち良いし、何より涼がすっげー可愛い」
「……っ!」
「でもさ、昨日だって僧侶か武士かの相手したんじゃねーの?」

 こくんと静かに頷く。
 確かに笠松の言う通り、昨日はお得意様の僧に抱かれた。何度も内を抉られ、幾度と無く啼かされている。正直、涼は苦手な客ではあるものの羽振りも良いので邪険には出来ない。

「だったら休める時に休んどけ。宴会の時から思ってたけどよ、ちょっとまだ本調子じゃねーんだろ?」

 そう言うや否や、涙を拭った手が後頭部を優しく撫でる。手の平から伝わる愛しむような動きに涼はふにゃりと笑った。
 そこで、そう言えばとふとある事が脳裏を過ぎる。
 二回目に体を重ねた前日は、当時の自分はまだ幼く相手の一物が菊穴に入らなかった。だから一物を萎えさせ《お断り》をしたのだ。それから彼が添い寝をする時は必ず腰を労るようにさすってくれていた。
 一三で水下げしてから早三年。笠松に初めて買われたのはまだ一年前だ。それなのにこれほどまでに自分を見て、知って、気にかけてくれている。その事実がただただ嬉しくて、涼は笠松の首に腕を回しぎゅっと抱き付いた。

「平気っ。オレ、笠松さんとなら平気! っていうかずっとずっとお預け食らってたんスよ? だからそろそろ……」

――ご褒美ください。

 耳元で甘ったるく囁けば視界には天井を背負った笠松が居た。

「どうなっても知らねーぞ」

 お預け食らってたのはオレも一緒だ、と噛み付くような熱い口付けに涼はふわっと微笑んだ。
 月の光に晒された二つの肢体が熱を孕んで重なり合った。



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