火黄
そろそろ夕飯かと思い立ち上がればぎゅっと腰に腕を回され身動きが取れなくなった。似たような体格の奴にホールドされて易々と抜けられる技は生憎持ち合わせていない。
出来ることは只一つ。交渉だ。
オレは腹の上に乗っかっている黄色い頭を無遠慮に撫で回した。
「退け。今から飯作っから」
「いやっス」
いやいや。いやっスじゃねぇっス。
何言ってんだコイツとか思っていたら額を腹にぐりぐりと押し付けていた黄色い頭がパッと華々しく嫌味なくらい整った顔を見せた。
その亜麻色の瞳は何かを語り掛けている。まあ、その何かを考えている内に勝手に向こうから話し出すので考えることも最近ではしなくなった。代わりに向こうの口が開くのを待つ。
「オレに作らせて欲しいっス!」
「はぁ? お前、作れたっけ?」
「いつも火神っちの見てるし、最近家でも偶ーにだけど腕振るうんスよ? だから、実践経験も有りっス!」
キラキラと亜麻色が蜂蜜色に輝く。
ねぇねぇ、とオレの脚の間で此方を見上げながらシャツの裾を両手で引っ張る仕草は正直止めて欲しい。
人の理性を何だと思ってやがるコイツ。無限じゃねーんだよ。
「オレね、思ったんスよ」
「何を」
「火神っちが主夫してオレが稼いでくるっていうのもありかなーって。前までは思ってて」
「はぁ」
「でも、火神っちって結構責任感とか強い人だしオレだけに負担掛けるとか考えちゃうような人だし何よりそんなの嫌がる人だから」
「ほぉ」
「そうなったらやっぱここは共働きだなと」
「へぇ」
「となれば、お互いに協力し合う事が大切じゃないスか」
「あー」
何となくだ。何となくだが黄瀬が言わんとしていることが分かった。
っつーか何だその結婚してます前提の話は。イヤ別にいいけど。でもあんまり可愛い事を言われるこっちの身にもなってほしい。
オレが先程から適当ともとれる相槌を打っているからか、黄瀬の表情が段々とむくれてきた。
「オレ、一生懸命考えたんスけど」
「っつーかお前に料理やらせたら益々オレの立場ねぇじゃん」
「は?」
きょとんと小首を傾げるコイツは誰よりも表情筋が柔らかいらしい。と言うかいい加減退いてほしい。
「只でさえ今のお前は学業と部活に加えてモデルやってんだからお前の方がオレよかプラスアルファがあんだろ」
「でも火神っちには一人暮らしっていうプラスアルファがあるじゃないスか。しかも最近はモデルも休業に近いし」
「じゃーあれだ」
のそのそと匍匐前進に近い形で脚の間から上半身を出してくれたのはいいが、それでも退くつもりはないらしい。
胸辺りにまで這い上がってきた為に黄瀬の顔が先程よりもぐんと近くなる。
「今夜は目一杯お前に負担掛けちまうからその負担分だ」
そう言って頭を撫でてやれば、一気に白い肌が赤く染まった。
「でっでも、後始末は火神っちがやってくれてるからオレへの負担分はその手間賃でチャラっスよ!」
真っ赤な顔で尚も張り合ってくるコイツが堪らなく愛おしい。
だから前髪をかき上げて、露出した額に唇を押し当てた。予想していなかったのか、僅かにぴく、と反応する。
「じゃあ、二人で作るか?」
頑固な恋人に妥協案を出せば、ぱあぁっ、とあからさまに嬉しそうな顔で見つめ返してくるものだから夕飯は後でも良いだろうかと言う気持ちになる。
そこでふと考えた。
折衷案じゃあダメだ。
「やっぱり夕飯は任せるわ」
「へっ? 一緒じゃ……」
しゅん、と急速に悲しそうな表情になる。コイツの表情の変化がいちいち可愛くて仕方がない。
「オレに食わせろよ。黄瀬の手料理」
少しだけ甘さを含んだ声音で言えば、忽ち黄瀬の表情は嬉しさと照れと恥ずかしさが綯い交ぜになったものに変わる。忙しい奴だ。
「任せてっス!」
勢い良くオレの上からもソファーからも飛び降りてパタパタとキッチンに向かう。エプロンを着ける仕草は何だか本当に新妻に見えてしまった。
だから、今夜は加減などしていられ無いかも知れない。気を付けるが、ハッキリ言って自信は無い。
だからオレは妥協案を出した。
その代わり、朝食はオレが作ってやるから。なんて言ったらきっとまた顔を染めるのだろう。
どんな時も、オレ色に。