紫黄
大型ショッピングモールを歩けば必ずチラチラと視線を感じる。いつもの事ではあるけれど、今日はその比じゃない。それもそのはずで、オレは理由を分かっているからまあ別に良いんだけど。
何たって只でさえ普通の人より頭一つ乃至二つ分飛び出しているオレの更に上に頭がある人が隣にいるのだから。ギョッとして二度見してしまうのも分かる。
けれども隣を歩く紫原っちは四次元ポケットかと思ってしまうくらいそこからお菓子を取り出しては食べていた。相変わらずの無関心っぷりである。因みに今手を突っ込んだのは、待ち合わせ場所で合流してから一三回目だ。
ちょっと気になってそのオーバーオールのポケットをじっと見ていたら、何を勘違いしたのか、
「黄瀬ちんにもあげるー」
と言ってまいう棒の抹茶オリーブ味を渡された。相変わらずここの会社の商品開発部の人の思考が分からない。こんなの出して駄菓子市場、お菓子市場で勝てるのだろうかと心配になる。
「紫原っち」
「んー?」
「何か、折角コッチに戻って来たのにオレの買い物に突き合わせちゃってスンマセンっス」
首を傾けて彼を下から見上げる。まいう棒くわえてる姿が様になるっていやホントどういう事なのこの人。
そんなオレに気付いた紫原っちはわざわざ首を動かして見下ろしては視線を絡めてくれた。何だかんだでこの人は優しいんだ。しかもそれが無自覚に優しいから困る。
オレは結構平気で嘘も吐くし誤魔化す事にも長けているとは思う。だけど、気を許した相手にはどうにも直ぐに見抜かれてしまうらしい。
キセキのみんな然り、海常のみんな然り。
「別にー。オレは黄瀬ちんの隣に居られたらそれで十分だしー」
「そ、……スか?」
「黄瀬ちんとデートとかほんと久しぶりだよねー」
それは反則だと思う。その行動は、その目は、反則だ。
ペロリと親指を舐めながらオレを見る目がオレだけに見せるそれで、どうしようもなく勝手に心臓が連続で跳ねる。
この人、もしかしたら計算してるのか。いやでもそんな面倒臭い事をするはずがない。
そうは思っても気持ちを誤魔化す事なんて出来なくて、結局オレは彼から顔を逸らした。だけどきっとバレてる。今、俺の顔が赤いって事。
あー、髪の毛耳にかけるんじゃなかった!
「でも何で眼鏡屋さん?」
「この間、オレの伊達眼鏡青峰っちにぶっ壊されたんスよ〜」
そう。オレは今新しい伊達眼鏡を購入するために来ている。先日、関東組で集まってストバスをしていた時の事だ。
オレが眼鏡を掛けていたのが珍しいのか、東京組がやけに食い付いてきた。オレはオレで彼らの前では初めて御披露目したかもー、くらいにしか思っていない。
だから何となく、好奇心で言ったんだ。
「青峰っち、ちょっとかけてみないっスか?」
オレが持っていたのはオレンジのフレームで、みんながかけたらどうなるのかなと言うのが本音。青峰っちは何となく最後にとっておきたくて、先に黒子っちにかけさせた。
「何か、真面目さが加算された感じっス」
「あ? 余計、つまらない奴に見えんぞ。でも何か居るよな。こーゆー売れないピン芸人とか、コンビで売れてるけど名前を覚えて貰えない奴」
「と言うかそもそも黒子にオレンジのフレームは似合わないのだよ」
「勝手にかけさせて勝手に貶さないでください」
そんな遣り取りがあった。でも黒子っちは眼鏡が似合わないわけじゃないんだ。きっとこれが細いフレームで落ち着いた色だったら似合ってたと思う。
それから眼鏡と言えば緑間っちでしょってことで本家の眼鏡を取って俺のを装着させた。その間、オレは緑間っちのをかけさせてもらったが視界が変にクリア過ぎて目と頭が痛くなったから直ぐに外したけれど。
「高尾クンに‘どーしたの真ちゃん! イメチェン?’って言われそうっス」
「ラッキーアイテムかと思うよな」
「緑間君は黒が一番です」
「黄瀬、さっさと返すのだよ」
いつもより眉間に皺が寄っていたのは多分何も見えていなかったからだと思う。決して睨んでいたわけじゃない。
それから最後に青峰っちにかけたら案の定と言うか想定通りと言うか。
「似合わないっス」
「似合わないのだよ」
「似合いませんね」
「うるっせーよ」
青峰っちはイケメンだから眼鏡が似合わないわけじゃないと思う。ただ、色が黒いからオレンジのフレームがどうしても浮いてしまうのだ。後、多分アンダーだけなら似合っていたかも知れない。残念ながらオレがかけていたのはオールだ。
反応がイマイチだったからか青峰っちは直ぐに外した。そして何かに気付いたのか耳にかける部分を外側にグイ、と広げたりしている。
「あー、それ。接合部がバネみたいにうねってるお陰で、広げてもそこが折れにくくなってるんスよ」
そう説明してやれば、ふーんとかへーとか何とも気のない返事が返ってきた。瞬間、バキッとプラスチックから嫌な音が聞こえる。そして「あ」と言う青峰の短い声。
「簡単に折れたぞ?」
「アンタ何壊しちゃってんスかぁああっ!」
彼の手には見事に三部のパーツに分かれた元眼鏡がある。
「もー。まあ、安物だしどうせ伊達だから生活に支障は……」
「黄瀬の場合生活、と言うか主に外出時に支障が出るからかけているのだろう?」
「ま、ぁ、大丈夫っスよ! 今日はみんな一緒だし、明日からはまた学校だし」
オフの日に外出する時しかかけない事を告げれば少しは納得してくれたらしい。それに緑間っちと青峰っちが隣に居るから声を掛けられる回数は大幅に減る。その事は決して口にはしない。
そんな先週あった出来事を掻い摘んで話せば、紫原っちがむー、と拗ねた口をした。
「峰ちん捻り潰す」
「だから今から新しいのを買いに行くんじゃないスかぁ」
「って言うかオレも見たかったし」
「あー、青峰っちたちの写メれば良かったっスね」
「そーじゃないし」
「え?」
話しながら歩いたからかオレたちは気付けば建物のエスカレーターに乗っていた。オレが紫原っちの前に乗っている為、いつもより顔が近い。
そう思っていた矢先のことだった。
「っ!」
オレの唇はお菓子じゃないっスよ。
なんてつい思ってしまうくらいに、噛みつくキスを与えられた。
「紫原っち……?」
誰かに見られる可能性だって高いのに。
それでも彼なりにタイミングはしっかりと見計らっていたらしい。いや、恐らく偶然なんだろうがそう言うことにしておかないと心臓が保たない。
オレたちの右側を歩く人も居らず、丁度下りのエスカレーターと交差する所でサイドは壁になっている。しかも下りの方には幸いにも人が居なかった。だから誰もオレたちがこんな場所でキスをしているなんて思わないだろう。
「オレも、黄瀬ちんの眼鏡かけてるの見たかったし」
ふい、と顔をオレから逸らす。明らかに拗ねている。ああ、もう、この人は。
なんて思ってたら、上に着いたのか油断していたオレは踵が引っかかってよろけてしまった。
「うわっ」
「黄瀬ちん!」
ぎゅっと腕の中で支えてくれる。紫原っちの心臓も同じくらいドキドキしていて何だか嬉しくなった。心配掛けてごめんなさい。
「紫原っち」
「何?」
「眼鏡屋さんでは色んな眼鏡かけたオレが見られるっスよ!」
特別っス!
そう言って見上げれば、もう拗ねた表情はそこに無かった。変わりに何かを我慢している顔になる。
「もー、黄瀬ちんズルいし」
「え? 何でっスか?」
「今度は紫のフレームにしてね」
でもそれはオレにしか見せないで。
なんて言われたら、二つ購入するしかないじゃないスか。
だけどオレは実の所満更でも無かったりするのはナイショ。
(あ、折れにくいやつってこれー?)
(そうっス。でも紫原っちもあんまり外に広げない方がいいっスよ)
(何でー?)
(折れにくいとは言っても、基準は一般人の力っスから。青峰っちや紫原っちは規格外っスからこれには当てはまらないっス)