赤黄
午前最後の授業が終了したと言う事を知らせる音が校内に響き渡る。それから一分と経たない内に、赤司のクラスのドアが勢い良くスライドすると共に明るく弾んだ声とゴチンッと痛々しい音と短く唸る声がした。
「うっ……たぁああ、い」
額――と言うよりはもう頭かもしれない――を押さえながらその場にしゃがむ黄色い頭がそこにある。呻きながら一向に動かない彼に見かねたのか、クラスメートの女子が「黄瀬くん、大丈夫?」などと声を掛けながら近付く事が気に入らないのか定かではない。しかし赤司は、彼にとっては珍しくやや大きい声を出したのだった。
「涼太、おいで」
たった一言。そのたった一言で、黄瀬は電源が入ったかのように俯いたままむくりと立ち上がる。迷うことなく赤司の席に着けば彼の横にしゃがみ込み、涙で瞳を潤わせながら見上げた。
「うっ、あかっ、あかしっちぃ〜」
体が大きいと涙の粒も大きいのだろうか。
よしよし、と赤くなり少し腫れている患部を優しく撫でてなる。ほんのりと熱を持ったそこは矢張り痛いのか、触れる度にびくりと反応していた。
「痛みがなくなるおまじないと涙が止まるおまじない、どっちがいいか選ばせてあげる」
「え……」
そっと手の平でシャープな輪郭を隠すように包み込む。ポロポロ零れて涙道を濡らすそれを親指で優しく拭った。
「どっちもは、だめっスか?」
思わずフッ、と笑みが零れた。
ああ、全くこの子はどうしてこんなにも――
「欲張りだね、涼太」
「赤司っちからもらえるなら、全部欲しいっス」
――こんなにも、愛おしいのだろう。
「いいよ。あげる」
そう言ってやれば手の平の中の小さな顔は忽ちふわっと幸せそうに笑う。その顔に一瞬で間を詰め、彼がやや驚いて目を大きくした時を狙い、柔らかい唇に己のそれを重ね合わせた。
間近でぱちぱちと睫毛同士が触れ合う音が聞こえてきそうだ。
じっくり、ゆっくり黄瀬の口内を堪能して漸く唇を乖離する。名残惜しいのはお互い様らしい。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
僅かな隙間に二人を繋げる糸が光る。
「……あ、ああ、あっ、あ」
ああ、愛おしい。
ゆらゆらと瞳を大きく揺らし、わなわなと唇を小さく震わせ、だんだんと顔を赤くし、それでも尚、赤司の制服を申し訳程度にきゅっ、と握っている。愛おしい。
「ほら、涙も止まっただろ?」
言って口元に弧を描けば、今まで一切音が無かった教室が一斉に喧騒を撒き散らす。しかし自らの鼓動で聴覚が支配されているであろう眼前の愛しい人はそれすら聞こえていないのだろう。
「……はい」
蚊の鳴く声程に小さくないた黄瀬の返事に、赤司は目元も一緒に優しく笑んだ。
だから、もう一度。
今度は口実のおまじないなんかじゃなく、純粋に愛を込めて。