赤黄


 飽きることを知らない琥珀色の双眸が先程から同じ箇所を見つめ続けて八分が経過している。ずっと逸らすことなく見ているのだ。
 見られている側としては気にならないわけではないが、特に意に介す様子も見られない。
 そうして今、九分が経過した。

「涼太、さっきから何を見ているんだ?」

 そろそろ尋ねるべきだろうかと赤司は閉ざしていた口を開いた。

「赤司っちっていっぱいキレイだなーって思って見てたっス」
「これはまた随分と直球な嫌味だな」
「え? オレ、思った事言っただけっスよ?」

 部室の脇にある作業台で赤司は部誌に今日の練習や皆の様子等を事細かに記入していた。それを向かいの席で黄瀬が重ねて置かれた白い腕の上に首を乗せ、ひたすら赤司の手元を見ていたのだ。
 そのまま黄瀬はこてんと首を傾げる。この時、九分にも渡った熱視線は漸く逸らされる。
 赤司としっかり目を合わせて言う辺り、本心なのだろう。

「涼太はモデルのくせに美的感覚がおかしいのか?」
「失礼っスね! んなことねっスよ!」

 そう言うや否やぷぅ、と頬に空気を溜めて膨らませる。これを一九〇近い男子中学生がやっても違和感が仕事をしないのだから世の中どうかしている。

「赤司っちはキレイっスよ」
「それはどうも」
「オレ、好きっスもん」
「……は?」
「赤司っちの字。超キレイ」
「ああ、そう」

 一瞬、ほんの一瞬だけ不覚にもドキリとしてしまった。黄瀬のその形の良い唇から紡がれた《好き》と言う言葉に、踊らされた。
 けれどもそれが的外れで期待外れだと分かると途端に赤司の中に生まれた熱が冷めていく。ビッグバンの起こった宇宙が一秒後には急激に冷えたように。

「赤司っちの指もキレイ」
「へぇ」
「赤司っちの目もキレイ」
「そう」
「赤司っちの髪も声もバスケのプレーも沢山キレイ」

 もう何も反応はしなかった。
 黄瀬が赤司に抱える《キレイ》の感情と赤司が黄瀬に抱える《キレイ》の感情のベクトルが違う事に気付いたからだ。

「だからね、赤司っちが遠いっス」

 ぽつり。呟かれた言葉はトーンダウンし、寂しさを纏わせていた。

「いっぱい赤司っちの傍にいていっぱい赤司っちのこと知りたいのに、赤司っちは遠くて、手の届かない所にいて、こんなに近いのに、凄く遠いんス。オレには、赤司っちは掴めない」
「それなら」

 パタン、と部誌を閉じると近くの棚に片付ける。そして未だ机に突っ伏している黄瀬の腕を掴んだ。
 頭を上げてきょとんとやや間抜けな顔をする黄瀬の唇にそっと自分のそれを重ねてやる。
 もし、無自覚で言っているのならばこれを機に自分を意識すればいい。
 もし、自分と同じ感情をその胸の内に秘めているのならば全てさらけ出させてしまえばいい。

「こっちから涼太を掴んで、捕まえてあげる」

 至近距離でしっかりと目を合わせて言ってやる。

――さあ、涼太はどっちの反応を示してくれるのだろう。

 いずれにせよ、赤司の勝ちは確定しているのだ。



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