緑黄
彼は奴を狡いと言う。
俺には理解出来ん。
「えーっ! ソレマジっスかぁ?」
「マジもマジ。大マジだって! そしたらさ、真ちゃんが〜」
「高尾! 練習中だぞ!」
「うわっヤッベ! ごめんっ俺、行くわ。後で!」
「うん、頑張ってー」
にこにこと愛想の良い愛嬌のある笑顔で手を振りながら高尾を見送り出す姿はまるで――
「行ってくるぜハニー!」
「行ってらっしゃいダーリンっ」
打ち合わせでもしたのだろうかと思わずにはいられない息のあったくだらない寸劇が目の前で繰り広げられる。
少なくともその内容のくだらなさに辟易している。
「緑間! お前の客だろうが!」
「お言葉ですがキャプテン、相手をしているのは高尾です」
そう、高尾だ。俺を訪ねて来た筈の黄瀬は今、部員のタオル等が置かれているステージに座ったまま高尾と会話をしていた。
黄瀬から連絡があったのは凡そ一週間前のことだ。その際に電話口でワンワン吠えていた。
高尾ばかり狡い、と。
何でも、高尾に俺の事を色々と聞いているらしい。それは俺があまり自分の事を話さないと言うのもあるが、黄瀬からのメールも殆ど碌に返さない事が大きい。
だからあいつは代わりに高尾と毎日連絡を取るようになっていた。
その上で、狡いと言うのだ。
「いやぁ、真ちゃん。アイツいいね! ノリ良いしっ」
「お前と同じくただアホなだけなのだよ」
「まったまた〜」
高尾には感謝しているが同時に俺のことを知っているのが悔しいと言う。それは仕方のないことだ。
黄瀬とは高校が違うのだから。それも承知の上だろうしだからこそ高尾と連絡を取っている筈だ。
「で、何で来てんの? 海常は練習無いの?」
「俺が知るか。話の中で訊かなかったのか?」
「んや? 俺とは軽い挨拶と、今日は暑いねーとかって中身の無い話ばっかだけど?」
ダッシュの順番待ちをしている間、高尾はそう言った。何故、そうやって無駄な時間を過ごすのか俺には理解出来ない。
「最近撮ったやつが今度広告に載るんだってー。スッゲーなぁ」
「だから何なのだよ」
「しかも本来カメラマンとかが選ぶのに、自分で選んだヤツが通ったって。それって珍しいらしいよ?」
「だから何なのだよ!」
「何でも自他共に一番出来が良いって思える写真だったってさ。これならCG修正も必要無いかもって言われたんだと」
尚も口数の減らない高尾に何を言っても無駄だと思った俺は放置に徹する。それでも話し続けるのだから、最早それは当てつけにしか思えなかった。
――俺でも知らないアイツの事をベラベラと話されると無性に腹が立つのだよ
其処でふと気付いた。もしかしたら黄瀬も同じだったのかもしれない。
俺も今、黄瀬の言葉がストンと胸に落ちたのだから恐らくそうだ。
「確かに、高尾は狡いのだよ」
「へ? 真ちゃん何か言った?」
「これ以上黄瀬を甘やかすな」
狡い、と思うのはお門違いも甚だしい事は充分承知している。しかしそれでも思わずにはいられない。所謂、嫉妬だろう。
俺は黄瀬に何の言葉も返してやれないのだから。
「緑間っちー! 部活終わったらワン・オン・ワンしよっスー」
「何なら練習混ざるーっ?」
「高尾! バカな事を言うな!」
「マジっスか!」
「黄瀬! お前も乗るな! 出来るわけがないだろうっ」
「え〜っ! 見てるだけじゃつまんないっスよー」
矢張り高尾は狡い。一度浮かんだ考えを直ぐに排除した俺とは違い、それをそのまま吐き出すのだから。
そうして黄瀬を喜ばせることが出来るのだから、狡い。
「あーでも、秀徳サン相手は俺にとったら役不足かも知れないっスねぇ」
「よし、緑間の我が儘三回分で手を打とう」
「監督っ!」
「まあ、偶には良いだろう。こういうのも」
「どんまい真ちゃーん」
「宜しくっス! 緑間っち」
「もう知らん」
狡い。
俺も狡い。
そんな高尾の性格を存分に利用しているのだから。
まあ、まさか我が儘三回分に相当するとは思っていなかったのだよ。