日黄


 日向は今、嘗て無いほどの熱視線を全身に受けていた。
 これがまだ可愛い女の子ならば良いのだが、如何せん自分よりも年下なのに身長は高くバスケセンスも抜群で悔しいかな容姿も何もかもスペックは闘う前から負けている。

「黒子! 黒子ォーっ!」
「何ですか?」
「お前アイツ何とかしろよ!」
「アイツ……黄瀬君、ですか?」

 黒子の視線の先には海常高校の制服に身を包んだ黄瀬がステージに座っていた。但し、来訪した時からずっとある一人を見つめている。
 それが誠凛高校バスケ部主将の日向だ。

「キャプテン、黄瀬君に何かしたんですか?」
「してねーよ! っつかホント身に覚えが全く無いから困ってんだっつーの!」

 日向の技をコピーするにしても、ここまで見なくとも黄瀬ならば直ぐにやってのけるだろう。元々のポテンシャルが関係しているだろうが精度も威力も上げてのコピーはされた側としては只の嫌がらせでしかない。

「おい、黄瀬!」
「へ? あ、何スか火神っち」
「お前何しに来たんだよ」

 救っては落とすようにゆっくりとボールをバウンドさせながら火神が尋ねる。その序でに熱視線についても訊いて欲しい所だがしかし彼は気付かないだろう。
 そもそもその事について気付いていないかもしれない。

「何って、黒子っちに会いに」

 そう良いながらもチラリとみた視線の先にあるのは黒子の隣にいる日向だ。しかし見ている方向は確かに黒子の居る方でもあるので火神は矢張り気付かない。
 火神ではダメだと思ったのか、黒子が一つ息を吐くと日向に目配せして黄瀬に近付いた。

「黄瀬君」
「あっ、黒子っち!」

 その表情は火神が声を掛けた時よりも数段トーンが上がっている。ぴょこんと突き出た犬耳と大きく振っている尻尾が見えたのは厳格だろうかと日向は目を疑った。

「黄瀬君、キャプテンが練習し辛いそうなのでそんなに穴が空くほど見ないでください」
「へ?」
「もうちょっと控え目にお願いします」
「俺、四番さんのこと見てたっスか?」

 キョトンとした顔で小首を傾げながら訊いてくる。まさか無自覚だったとは思いもしない。黒子も日向も呆気に取られた表情をしていた。
 只一人、現状が飲み込めない火神を除いて。

「うーわー、恥ずかしいっス! もうっ」

 白い肌がみるみる赤く染め上がっていく。恥ずかしさ故か心なしか潤んだ瞳は伏し目がちに影を落とし、薄い唇はきゅっと引き結ばれている。
 その姿がどれだけ扇情的かなど知らないのだろう。

「え、何……コイツ」

 ワケがわからねぇ。
 言葉には出していないがその表情が語っていた。そんな日向を知ってか知らずか、黄瀬はステージから降りると日向の居る所まで移動する。
 そしてその脚の長さに対して短い胴体を折り、ぺこりと頭を下げた。

「あのっ、何か、不躾にいっぱい見ちゃってたみたいで……すんません」
「え? あー、いや、うん。別に怒ってねーし。取り敢えず……さ。顔、上げたら?」

 指通りの良い髪に腕を伸ばし、その頭を軽くポンポンと叩く。
 その時、体ごと上げた黄瀬の顔は益々赤みがかっていたように思える。

「黄瀬君、日向先輩に何かあるんですか?」
「あー……え?」
「お前さっきから変だぞ?」
「うー……や、あの、ただ」

 いつもは塞いでやろうかと思うくらいに良く喋る黄瀬の口は、滑らかな動きなど一切見せていない。しどろもどろになりながら唸っている。
 そして黒子、火神、日向に加えて遠巻きに見る他の部員の目もあってか小さい声でポツリポツリと白状し始めた。

「何か四……日向サンて、ウチのキャプテンにどことなく似てるんスよ」
「はあっ!?」

 どこが。そんな反応は予想していたのか、金糸を揺らしながら困ったように笑う。

「短い髪とか身長とかキャプテンなとことか頼りになるとことか部のまとめ役でツッコミ役とか何か、そんな感じに……」

 まあでも可愛い後輩に殴る蹴るはやってないみたいっスけど!
 なんて笑いながら付け足すような言葉ではない。
 一体そんな言葉の羅列にどう反応すれば良いのだろうか。日向の口から漸く出たのは「お前を殴ったり蹴ったりしたくなる気持ちは分からんでもない」だった。

「ヒ、ヒドいっス!」
「何かお前ってこう、無条件にシバきたくなるよな」
「意味分かんないっス!」

 黒子に助けを求めようとしたがいつの間にかミスディレクションしていたらしい。それならばと火神の方を向くも「何となく先輩の言うことが分かる」と返すものだから黄瀬はその場に泣き崩れた。

「あ、でももう一人いるんスよ。似てる人」

 ケロッとした顔でそう言うや否や、監督や木吉と話している人物に目を向ける。

「あ? 伊月……?」

 日向が黄瀬の視線の先にいる人物の名前を呼ぶと静かに頷いた。

「あの人、バスケ部の中じゃ結構モテるんじゃないスか?」
「え? あーまあ、そうだな」
「でも、浮ついた話ってあんまり聞いたこと無いんじゃないスか?」
「良く分かったな」
「あー、言われてみりゃそうだな」

 驚く日向と納得する火神ににこりと笑うと黄瀬はだって、と続けた。

「伊月サンもウチの先輩に似てるんスよ。日向サンみたいに総合的にっていうよりはピンポイントに」
「海常にもダジャレ好きが居るのか?」

 真面目に質問する火神にぶはっと黄瀬と日向は吹き出す。流石にそんな所が同じならば偶然よりも奇跡に近い。

「や、ダジャレはどうか知らないんスけど、ウチにもいるんスよ。俺ほどじゃないけどイケメンなのに浮ついた話が全然出ない人」
「さり気なく自慢してんじゃねーよ」
「死ね」
「ヒドいっ!」

 二人からの口撃に嘆きながらも慣れているのか矢張り表情も態度も直ぐに戻る。まるで無かった事にしたように。

「やっぱ日向サンと笠松センパイって似てるっス。その返し方とか」

 目の裏にいつかの光景を甦らせながらくすくすと笑う。そんな所も悔しいが様になると言うのは本当に自賛しても反論出来ない事実を自然に見せ付けているのだ。このイケメンは。

「で、そのセンパイから教えて貰ったんスよ。伊月サンみたいなウチの先輩の異名」
「異名?」
「残念なイケメン」
「ぶっ!」
「ぶはっ!」

 そりゃあいい。
 なるほどな。
 目に涙を浮かべるほど笑いながら日向と火神はうんうん頷いていた。そんな二人を見ながら心の内で思う事は矢張りあの人の事。

――笠松センパイが女の子に免疫が無いっていうのはやっぱり一番の魅力っスね



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