キセ黄


これの続き)

 青峰と緑間のクラスを後にした黄瀬は校内を駆け回っていた。何故なら目的の人物が見付からないからだ。しかも二人である。
 クラスに行っても、誰よりも影が薄い人と誰よりも我が道を行く人の行方を知る者など居なかった。それもそのはずだ。
 予想出来なかったわけではないのに黄瀬は早く渡したい一心で調理室から一番近い青峰達のクラスを訪れたのが間違いである。

「昼休みが終わっちゃうっスよ〜」

 半泣きになりながら廊下を走っていると障害物にぶつかってしまった。一八〇を超える身長に速度が加算され、ぶつかった障害物が歩く速度で動き彼よりも小さいものであるならば、結果は車が歩行者を跳ねるのとほぼ同じである。
 つまり、ぶつけられた方はその場に倒れてしまう。

「あああああごめんなさいっス! 大丈夫っスか?」

 あわあわと慌てる黄瀬に鋭い視線を向けたのは――

「あ、赤司っち?」
「涼太。よくも僕を……ッ!」
「赤司っち見つけたっスーっ!」
「涼太? 僕を探していたのか?」

 上体を起こし手で支えたまま座っている赤司の足の間にしゃがみ込むと、前方からぎゅっと抱き付く。
 普段ならばされる側は黒子か青峰と限られ且つ必ず双方からあしらわれるのだが、今回ばかりは対象もその後の行動も異なっていた。

「どこ行ってたんスか! 部活まで会えないかと思ったっス!」
「事前に会う約束をしていた訳ではないし、僕の行動に口を出される筋合いもないから謝りはしないよ」
「別にそんなの期待してないっス。俺は赤司っちに会えただけで充分っス」
「涼太は良い子だね」

 左手は背中に回し右手はよしよしと頭を撫でる。最近黄瀬の色香が一層増したのは気のせいではないだろう。

「それにしても涼太、その格好は花嫁修業か?」
「へ? あ、違うっス。さっきまでウチのクラス、実習だったんスよ」
「知ってるよ」
「流石赤司っち……」

 抱き締める腕を解いて、黄瀬はちょこんと正座する。それに赤司は特に何を言うでもなく、足の間に座る彼をじっと見ていた。
 エプロンの腰紐を後ろで縛っているお陰で彼の細腰が制服姿以上に際立っている。

「昨日敦が言ってたからね」
「ああ……」

 誰よりも練習が嫌いな紫原が昨日はやけに機嫌良く練習に励んでいた姿を思い出す。そして今更気付いたように、黄瀬が赤いリボンの付いた袋を差し出した。

「これ、赤司っちにプレゼントっス!」
「ああ、ありがとう。左手のそれは、テツヤのか?」
「そっス! でも、黒子っちもなかなか見付からなくて」
「図書室に行ってみるといい。デカい資料が収納されている奥の本棚の近くに」
「ありがとうっス!」

 赤司の口から思いも寄らぬヒントが与えられ、黄瀬の表情は底抜けに明るくなる。まるで褒美を与えられた犬だ。
 早速向かおうと立ち上がるとくん、と右手を引かれた。どうしたのかと再びしゃがんで視線を合わせる。

「赤司っち?」
「ねぇ涼太。その首は、大輝かな」

 そう言って黄瀬の首に触れる。一瞬ぴくんと震えたものの、黄瀬は気にする様子も無く、首を傾げた。

「首……あ! そうっス! もう、ヤメテって言ったのに全然離れてくんなくて」
「真太郎は止めなかったのか?」
「止めてくれたんスけど青峰っちの力が強くて。俺も膝に乗せられてがっちりホールドだったんでなかなか抜け出せないしで大変だったんスよ!」
「そうか、わかった。もう行っていい」
「じゃあ、赤司っち、また部活で!」

 さり気なく赤司が黄瀬の服装を正す。
 元気良く駆け出して行った黄瀬の後ろで、赤司が立ち上がりながら口元に怪しく弧を描かせていた事など知る由もない。

「お邪魔するっスー」

 出来るだけ静かに言うと、黄瀬は赤司に言われた場所を目指していた。

(奥の方にあるでっかい資料とかがある本棚の近くーっと)

「黒……っ!」

 最後の一人を見付けた黄瀬は嬉しさのあまりつい、歓喜を含んだ声を張り上げてしまったものの、以前黒子に言われた事を思い出し皆まで言ってしまう前に口を手で塞いだ。

「図書室では、お口にチャックっス!」

 小声で自分に言い聞かせるように呟く。そして無言のまま黒子に近付いた。

「黒子っち」
「ちゃんと言い付け通り静かに出来ましたね」
「へへっ」

 偉いです。と側にしゃがんだ黄瀬の頭を撫でる。これでは本当にただの犬と飼い主だ。
 隣の席を促すと黄瀬はちょこんと浅く腰掛けた。

「黒子っちにあげるっス」
「黄瀬君が?」
「さっきの実習で作ったんスよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「黒子っちに会えて良かったっス」

 へにゃっと黄瀬が笑うと黒子も小さく笑った。但し、それに気付けるのはごく一部の人間だけである。その一部に勿論黄瀬は含まれているのだが、とろんとした瞳で瞼を重そうに扱う彼が気付いたかは定かでない。
 やがてくてん、と机に突っ伏してしまった。規則正しい寝息が黒子の耳を掠める。

「随分と探させてしまいましたね。言い付けも守れたので、ご褒美です」

 そう囁いた優しい声も、前髪を掻き分ける優しい指も、額に口付けた優しい唇も、この時の黄瀬は一切気付かなかった。
 そうして時は進みあっという間に放課後が訪れる。
 黄瀬が紫原と一緒に部室へ入ると既に他のキセキが居た。桃井もこれから使う道具を棚から籠へと移している所だ。

「あ、きーちゃん! カップケーキありがとう。美味しかったよ〜」
「それは良かったっス」

 仕事があるのかそれだけ言うと桃井は足早に部室から出て行った。

「黄瀬君、ごちそうさまでした」
「口に合ったっスか?」
「はい」

 これでもういつでも僕の所へ嫁いで来られますね。と囁けば黄瀬は沸騰寸前のように真っ赤に染まる。
 その反応を見た黒子は密かに笑った。

「なかなかだったのだよ。残りは家で有り難く戴くつもりなのだよ」
「ありがとっス」
「黄瀬ー。お前さつきよか嫁に向いてんぞ」
「それは褒め言葉何スか?」
「絶賛だろ」
「言葉のチョイスが桃っちに失礼っスよ……」
「そうかー?」

 青峰の言葉に反応しながら黄瀬はロッカーに荷物を置く。この後の会話をBGMに着替え始めた。

「大輝、お前は今日練習五倍だ。真太郎は二倍で手を打つ」
「はあっ!? 何でだよ!」
「同感だ! 全く以て意味が分からないのだよ!」

 突然言い出した赤司に二人揃って食ってかかる。しかし赤司は取り合おうとはしない。

「あらら〜? 黄瀬ちん、首噛まれたの〜?」
「ああ、コレっスか」
「そうそれだ」

 赤司が言い放つと心当たりのある二人は口を噤む。黒子の呼び掛けにすら無反応だ。

「大輝は五倍、真太郎は二倍で手を打つ」
「……チッ」 
「……承知したのだよ」

 先程までの威勢はどこへやら。二人して大人しくなったのを赤司を除くキセキは不思議がっている視線を向けていた。

「あ、紫っち」
「どしたの黄瀬ちん」
「プレゼントフォーユーっス!」
「おおっ、おおおおっ!」

 鞄から取り出したのは皆に配っていた袋の紫色バージョンで、同じ様に濃い色のリボンで口を留めてある。
 配っていたものより個数が多く感じるのは気のせいではない。

「試食にも付き合ってくれたし。まあ、これくらいしか特別扱い出来ないんスけど」

 眉を下げて笑う黄瀬だが、紫原は瞳をキラキラと輝かせて袋を見つめていた。
 まあ喜んでくれているようで良かったと安心の笑みに変え、再び着替えを再開する。

「黄瀬ちん」
「何スか?」
「ありがと〜」

 振り向き様に唇に当たった柔らかい感触が隙間から侵入し、口内へと入っていく。すると唇に当たっていた感触が温もりのあるものへと変わり、舌の上にはほんのり甘いお菓子特有の味が広がった。
 その一連を目の当たりにしたキセキは絶句と言う反応以外出来ずにいた。

「おいし〜?」
「美味しいっス!」

 えへへ、と頬を紅潮させ照れたように笑う黄瀬に、紫原は満足げに頷く。そしてペロリと唇を舐めた。
 その瞳は本日の勝利を宿していたのである。



(無駄に長くなったので切ったんですけど結局こっちも長くなりました)



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