キセ黄


「どうっスか?」
 珍しく眉間に皺を刻みながら見つめる。見つめられている方は全く意に介さずただもくもくと手中のお菓子を口に運んでいた。
「うん、おいしー」
 紫原の言葉に神妙な黄瀬の顔が一気に華やぐ。それこそ満開の花が咲いたようである。もぐもぐと咀嚼している間にも紫原は目の前のカップケーキに手を伸ばす。
 黄瀬の中では最早お菓子評論家として定着しつつある彼の御墨付きとくれば不安は忽ち自信へと変わる。
「ありがとっス、紫っち!」
 調理実習を先程終えたばかりの黄瀬が意気揚々と調理室を飛び出して行った。
「あら、あらら? もうコレだけー?」
 調理台に突っ伏しながら残念がる紫原に触発された女子が次々と作ったお菓子を手渡す事になるとは誰一人として予想はしなかっただろう。黄瀬にあげるつもりだった分でさえ紫原に献上してしまったのだから。
 ――場所は移って、調理室を後にした黄瀬は廊下を歩いていた。両手一杯に抱えたお菓子の袋を持っている姿は紫原さながらである。
 丁度階段と廊下が交わる所で体育帰りの桃井と遭遇した。
「あ、桃っち!」
「きーちゃん? どうしたのそれ」
「さっきウチのクラス調理実習だったんスよ。で、お菓子作ったんでお裾分けっス!」
 はいっ、と渡された袋は底に向かって淡いピンクのグラデーションがプリントされていた。更にご丁寧に口を結ぶリボンも色を統一してある。しかし此方は袋より濃い色であった。
「桃っちは女の子だから、みんなより数は少な目にしたんスけど」
 それは黄瀬なりの配慮であった。女子と触れ合う機会が多い黄瀬ならではの視点だ。
 その気持ちを真摯に受け取った桃井は大事そうに袋を抱えた。
「ありがとうきーちゃん。有り難く頂くね!」
 友人であろう周りの女子が口々に羨ましがっていたが生憎不特定多数の女子用には用意していない。彼にとってこのお菓子は大切な人へのほんのささやかな感謝の気持ちのつもりなのだ。
 大事にすべき人は不特定多数ではなく、今から会いに行く少数である。
「青峰ーっち! 緑間っちー!」
 教室の入口で目的の人物の名前を叫ぶ。それに気付いた緑間はギョッと目を見張り、その前の席で突っ伏していた青峰はのそっと顔を上げる。その二人と視線が宙で交われば一層笑顔になる黄瀬の周りには漫画の一コマならば間違い無く花が咲いていただろう。
「おじゃまするっスー」
 と声を弾ませながら入室すればあっという間に目的の席まで辿り着く。同時に緑間は怪訝な表情になり、青峰は鼻をひくひくと動かしながら宙を嗅いだ。
「何なのだよ」
「実はさっき調理実習でえっ!? ちょっ!」
「黄瀬からスッゲーウマそうな匂いがする。もしかして黄瀬って食えんじゃね?」
 両手塞がりが裏目に出てしまった。寝起きの青峰が黄瀬の腰を抱いてバランスを崩させる。これは黄瀬が緑間に説明している時に起こった事だ。
 そしてそのまま青峰の膝に対面で座る形になり、あろう事か黄瀬の白い首にがぷっと噛みついた。
「何をしているっ! 今すぐ離れるのだよ!」
「だって黄瀬がウマそう……」
「それ俺じゃ無くていや原因は俺っスけど!」
「ほらみろ。やっぱ黄瀬だろ」
「そう言うこっちゃないのだよ!」
「匂いはこっちっス! 俺じゃねっスよ!」
 恐らくクラスでも近寄り難い部類に入っているであろう緑間と青峰の長身仏頂面が揃いも揃ってふざけ合っているのは非常に珍しい光景である。しかし本人達からしてみれば案外本気なのだが。
 漸く解放された黄瀬は乱れた制服と幾重にも歯形の残る首に小さな溜め息を吐いた。しかし両手が使えないのではどうしようもない。
「青峰っちにも緑間っちにも俺じゃなくてこっちを食べて欲しいんスよ」
「あ?」
「何なのだよ、これは」
「カップケーキっス! さっき実習で作ったんでプレゼントっス!」
 先程桃井にあげた袋と色違いの物を差し出す。緑間の机には緑色、青峰の机には青色のそれを置いた。
 荷物が減り残るは赤と黒しかないので片手で持つなり小脇に抱えるなりすれば服の乱れが直せる筈だ。しかし今の黄瀬は渡せた事の満足感ですっかりその事を忘れているようだった。
「じゃあ、黒子っち達にも渡すんで!」
 パタパタと再び両腕で抱えて駆けていく姿は女子かとツッコみたくなる。けれども走って行く彼にそれを言う機会など有りはしなかった。


(続く)



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