黒黄


 黄瀬涼太と言う人は、兎に角正直で真っ直ぐで隠すのが上手な人だ。
 そう思い始めたのは彼が「黒子っち」と呼ぶようになってから一週間が経とうとしていた頃だった。

「あれ、黄瀬君。早いですね」
「……っ! く、ろこ……っち?」
「はい」

 大層驚いた様子で目を見張る彼は大きく瞳を揺らしている。驚愕、恐怖、不安、不信、困惑。様々な感情が綯い交ぜになっているような気がした。
 けれども彼は驚きの態度しか示さない。

「びっくりしたっス……。音も無くいきなり黒子っちの声がするんスもん」
「あれ、黄瀬君……」

 それだけで何を言わんとしているのかを悟ったらしい。ああ、と短く反応して左頬に長い指が触れた。
 モデル業をやっている彼にしては非常に珍しい――と言うかそもそも本来あってはならないものがある。彼の商売道具に傷が付いた証が貼られていた。

「今朝、親と喧嘩したんスよ」
「朝練では無かったと思いますが」
「朝練の時は全然痛くなくて、時間も無かったし学校着いてから冷やそうと思って結局忘れてたんス!」

 だってバスケ楽しいんスもん! なんて笑顔を見せる彼は心から楽しそうだ。しかしそんな彼に違和感を覚える。
 バスケに対する言葉は本心だが、核心は他の所にある。彼は、何かを必死に笑顔で隠している。そう、感じずにはいられない。

「そしたらお昼頃からめちゃくちゃ痛くなってきたんスよ。そんで、トイレで確認したら腫れちゃってて! これ絶対怒られるっス〜……」
「でしょうね」

 しゅんと頭を垂れる黄瀬君は怒られた犬さながらである。
 けれども聞きたい言葉は生憎そんな中身の無い話ではない。もっと核心に近付きたい。大凡の見当は付いているが、しかし彼の口から聞きたかった。
 これは一つの意地だと思う。

「黄瀬君」

 静かに言葉を発する。
 幸い部室にはまだ誰も居ない。それならば聞き出す事は案外容易いかも知れない。
 けれどもそれはあくまで彼が心を晒してもいいとどこかで認識してくれていることが前提にある。そうでなければ意味がない。
 知りたかった。どうしてこの黄瀬涼太と言う人間は、隠し事をしたがるのか。弱さは勿論、強がりすらも笑顔の奥に隠してしまう。
 そんな彼にこんな笑顔をさせているのが誰なのか、興味があった。 
 びくりと小さく揺れた肩に少しの隙を見付ける。

「大好きな物と大好きな人を道具にするのは辛いでしょう?」
「え……」
「隠れ蓑に利用するんですか? 大好きなのに?」
「黒っ」
「それはバスケやご両親からしてみれば立派な裏切りでしょうね」
「……っ!」

 流石に言い過ぎただろうか。
 彼の表情が貼り付けられた笑顔から悲痛な面持ちに変わっていく。
 そう言う顔をして欲しくなかったのだが、そんな表情をさせたかった。自分でも矛盾していて歪んでいると思う。けれどもこうしていろんな事を隠して閉じ込めて無かった事にしようとする黄瀬君が腹立たしく感じるのだ。

「ねぇ、黄瀬君」
「は、い……」

 彼の隣よりもっと近くにいたくて、背の高い彼に近くの椅子まで誘導する。そこに座るよう肩を押せば大人しく腰掛けた。
 やや怯えた瞳で見上げてくる。
 それが堪らなく優越感へと変わる僕は矢張り少し歪んでいる。

「僕では恐らく話を聞く事しか出来ません。きっと半分も力にはなれませんが、黄瀬君の周りには助けてくれる人が沢山いるって事」

――忘れないでくださいね

 逃げないように両腕を伸ばし背もたれを掴む。顔を耳元へと近付ければぴくっと小さく反応した。その際、微かに声が漏れていたのだが、そこは敢えて見て見ぬ振りをする。
 残念ながら一々反応している暇など無い。そろそろ部室も人で溢れる時間だろう。
 だがしかし、そのリミットギリギリまでは、と思ってしまうのはほんの少しの我が儘だ。

「く、黒子っち……」
「何ですか」
「ァっ、んッ……」
「黄瀬君?」
「あ、のッ……あんまっ、ンんっ……耳……元、で喋っ……な、ァッ」

 びくびくと震える彼は目に毒だ。理性の耐久レースを申し込まれているような気さえしてくる。
 自分から仕掛けておいて何だが、彼は本当に人を誘惑する意味では質が悪い。

「お断りします」
「ひ、ァぁッ!」

 かぷっと耳を甘噛みすれば、一層反応が良くなる。

「隠し事、僕にはもうしないって約束してください」
「あ、ぅ……え、あの」
「黄瀬君?」
「ひぁ、ンッ! するっ! します! だ、だからッ、黒子っちぃ、も、ヤメ……っ!」
「よろしい」

 僕のシャツをぎゅっと握り締めた手と彼の耳元へ近付けた唇が離れるのは殆ど同じだった。

「教育係ですから」

 優しく労るように痛々しい左頬を撫でる。痛覚を刺激するまでには至っていないのか我慢しているのかは分からないが、彼は身を委ねるように目を閉じた。

 黄瀬涼太と言う人は、兎に角正直で真っ直ぐで隠すのが上手な人だ。
 加えて隠し通すのは下手な人である。



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