笠黄


 あいつはバカだ。

「お疲れ様ーっス」
「お前、今日くらい帰ったら?」
「あーでも、俺弱いんで。もっと上手くならないと上に行けないじゃないっスか」

 もう先程の練習で上がった息が整ったのか、汗こそ張り付いてはいるものの、そう言って笑った顔はムカつくくらい涼しそうだ。だけどそれはそう見せているだけなのだと最近知った。

「程々にな」
「はいっス!」
「黄瀬、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます! 先輩っ」

 そう。今日はこいつの誕生日だ。けれども俺はまだ祝いの言葉も言っていない。
 登校中から部活が始まる前まで、こいつは色んな奴から祝われていた。勿論、言葉やプレゼントを以て。
 だからこそ、未だに何も出来ずにいた。
 毎年沢山の人に祝われているであろうこいつにプレゼントなど超難関大学の過去問を解くよりも難しい。被らないように且つ興味が有るもの。
 俺は悩みに悩んだ末、匙を投げた。

――バシュッ

 気付けば体育館内には俺と黄瀬だけになっていた。
 あいつは既に自主練に入り、シュートを打っている。その表情ときたら真剣そのもので集中力を切らせるのは何だか憚ってしまう。
 けれどもいつまでも呆然と突っ立っているわけにはいかない。せめて、おめでとうの一言だけでも言っておこう。

「黄瀬」
「あ、え、はいっス?」

 その目は「あれ、居たんスか?」とでも言っているように驚きで見開かれていた。

「居ちゃ悪いか」
「あ、いえ……スマセン」

 ってそうじゃねぇだろ!
 俺の不機嫌な声に反応したのだろう。もたもたしているからこうなってしまったのに、これではただの八つ当たりだ。

「おい、1on1やるぞ」
「へ?」

 言いたかった言葉が出て来ない代わりに口をついたのは結局バスケだ。違うと否定しようとも思ったのだがしかし何となく取り下げにくい。
 仕方がないから転がっていたボールを一つ拾い上げて黄瀬にパスを出す。しっかりとそれをキャッチしたものの黄瀬の表情はキョトンとポカンを足して二で割ったようなものだった。
 いずれにしても間抜け面だ。

「何してん……だ!?」

 その間抜け面がリアクションを起こす理由が分からなくて、つい焦ってしまった。

「何で、お前泣いて……」 

 ポロポロと大きな瞳から零れ落ちる涙が妙に綺麗で純粋に、黄瀬に似合うなと思ってしまった。
 片手でボールをぎゅっと抱き締め涙を拭う姿も綺麗で、目が離せない。

「えへへ」
「何笑ってんだよ」
「だって、今日言われたおめでとうよりも、今日貰ったプレゼントよりも、一番欲しかった物を貰えたから……すっごく幸せっス!」

 こいつはバカだ。
 バカだけど、俺はいつだってこいつに助けられている。それに気付かない俺はもっとバカだ。
 形に残るプレゼントも用意していない、おめでとうすらろくに言えないこんな俺に、俺が一番見たかった笑顔を見せてくれる。
 貰った物のデカさも量も重さも、きっと俺の方が沢山貰っている。俺がこいつに与えたものなど比べ物にならないくらいに。

「後ね――」

 矢張りこいつはバカだ。
 人の気も知らないで、そう言うことをそう言う表情で言いやがる。
 涙に濡れた長い睫毛と練習後の体に心底嬉しそうで幸せそうな笑顔がどれだけ艶めかしいものになって居るのかを知らない。
 それで俺がどれだけ理性を酷使して格闘しているのかなんてもっと知らない。 
 もう、いいか。そろそろ始めようぜ。

――後ね、先輩から誘ってくれたの初めてだから……本当に、嬉しいんス!



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