今黄


 ナゼ、と自分でも思う。それは、自分に対しての疑問であり相手に対しての疑問でもある。
 なぜついて行ってしまったのか。なぜココにいるのか。なぜ俺なのか。
 カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。

「そないに警戒せんといてくれる?」
「や、警戒っていうかどっちかって言うと現状にまだ頭がついて行けてないだけっス」
「ほんま、話に聞いた通り黄瀬君もオツムは弱いんやね」
「ちょっ、今吉サン! それ、誰に聞いたんスか!」
「誰て、言わんでも分かるやん。ウチには帝光出身者が二人も居んねんで?」
「もぉー……」

 向かい合って座る席に身を乗り出すも、直ぐにシートへと体を沈めた。恐らく余計な事を言ったのは青峰っちで俺に会う好都合の日を教えたのは桃っちに違いない。
 と言うかそもそも何故、俺が桐皇バスケ部主将である今吉サンと喫茶店で向かい合って座っているかと言えば、数十分前に遡る。

 あれは部活終了間際で、今から居残り練習をしようかとしていた時だ。突然体育館にふらりと現れた人物――それが今吉サンだった。しかも来て早々第一声が「黄瀬君居るー?」だ。
 名指しされた俺は勿論、近くにいた笠松センパイも森山センパイも、まだ部室に戻って居なかった人達も相当驚いていた。
 あまりにも突飛過ぎる上に誰一人として予想していなかったのだ。当然と言えば当然であるがそもそも一体誰がこの事態を予想出来ただろうか。
 誰かが放ったボールが思い切りゴールのリングにガンッと当たって床に落ちる音で漸く我に返った。

「え……と、今吉……サン?」
「おー、覚えとってくれたんかー」
「え、なんっ……何で?」
「ちょお、今からデートせぇへん?」

 初めてだった。
 突然の訪問者も、つい最近負かされた相手の主将が訪れることも、男性にデートに誘われることも、今吉サンに指名されることも何もかも。
 初めてだった。
 訳も分からず二つ返事でOKを出してしまい、今に至る。

 改めて目の前の人物を見る。
 どこからどうみても桐皇のキャプテンだ。しかし何故。
 ココへ来る途中も何度となく訊いたが全て流されてしまった。けれどもそれでは矢張り納得いかない。
 意を決してもう一度同じ質問を口にした。

「あの、何で俺なんスか?」
「ほんま大した理由は無いねんでー? ただ、黄瀬君に会いとうなったからや。まあもっと言うたら黄瀬君の事を知りたい言うだけの話やで」

 何を考えているのか全く分からない。それは多分、彼の眼鏡の奥で細められている目に何の変化もないからだ。

「あの、今吉サンて」
「何や?」
「腹黒メガネなんスか? 試合の時、青峰っちが言ってたし」
「ヒドッ! そんなん誤解やで黄瀬君。別に青峰が言うほどやないて」
「って事はやっぱり腹黒いんスか」
「人並みや」
「へぇー……」

 思わず疑いの眼差しを向けてしまう。青峰っちはアホだけど、アホだからこそいつだって言葉は正直だ。だから青峰っちの言葉は信じている。
 だから余計に今吉サンの言葉が胡散臭く感じた。

「言うとくけどな、黄瀬君の先輩達かて腹ん中真っ黒やで」
「え!」
「駆け引きしとる奴はみーんな黒いんや」

 そう言って、ポンポンと自分のお腹辺りを軽く叩く今吉サンが少し可愛く見えた。

「バスケの試合でも一対一の時何かせやろ? あれも駆け引きや」
「え、じゃあ俺も実は腹黒……」
「んー……それはどないやろ」
「どういう意味っスか?」 
「ウチの青峰とか黄瀬君とか、ああ、誠凛のエースとかな。頭悪い子ぉは大半が感覚でやってるんちゃうかなーて。腹の探り合いとか得意そうやないやん」
「……それ、遠回しにバカにしてんスか?」

 どうにも褒められている気がしないのは、矢張りその通りなのかはたまた言っている人がこの人だからか。
 飲み物を一口含むと口内がひんやりとして気持ちいい。

「どっちやろなぁ」
「もぉー……」
「せやけど青峰よりはマシやろ?」
「青峰っちは正真正銘のバスケバカっス。だからそれ以外何てどうでもいいんスよ。特に勉強とか勉強とか、後……勉強とか」
「黄瀬君も人のこと言えんやろ。それ、絶対バカにしてんのとちゃう?」
「俺のは純粋に尊敬してんスよ!」
「モノは言いようやな」

 不思議な人だと思う。
 自分でエスプレッソを頼んでおきながら運ばれて来たら「小っさ!」とツッコんだり、いつの間にか話の論点をすり替えられてたり――いつの間に青峰っちの話題になっちゃったんだろう――っていうか何かもう細かい事はどうでもいいやって気にさせられる。
 きっとこの人とはただ話しているだけじゃ何も掴めない。
 だから――

「今吉サン! 今からデートしましょっ」

 彼が海常に来たときのセリフを口にすれば、盛大にコーヒーを喉に詰まらせていた。それが何だか嬉しくて、自然と笑顔になる。
 こんな表情も出来るんだ、って。

「近くにコートあるんで1on1してほしいっス!」
「ゲホッ……何や……結局バスケかいな。っちゅーか自分、ほんま侮れんなぁ」

 そう言って見せてくれた笑顔がコートの上で見たものと全く別の顔で、思わずギクリと鼓動がブレたことには気付かぬフリをした。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -