笠黄
「先輩、バスケしたいっス」
「黙れバカヤロウいいからさっさと解け」
「だあってぇ〜」
泣き言を口にしながらシャープペンを走らせる。しかしものの数秒でそれはピタリと制止した。
「止まるの早ぇよ」
「難しいっスもん」
「どこがだよ。一年の問題なんて殆どが基礎じゃねーか」
「放物線と直線の共有点の個数とかそんなの分かるわけないじゃないスか」
「だからそれを解くんだろうが」
この問答を一体今までに何度繰り返してきただろう。
そもそもこうなったのももう直ぐテストが近いからなのだが、赤点取得者の補習が試合と被ると言うわけでもない。けれども必死に黄瀬が勉強をするのは、自分が言い出したことなのだ。
理由は至極簡単でシンプルだった。
――補習でバスケの練習時間を減らしたくないから。
それをあまりにも真剣な表情で言ってくるものだから、笠松も断る選択肢など当然出て来るはずもなくこうして勉強を見ることになった。しかし、事態は笠松が思っていた以上に深刻であった。
「放物線Cと直線Lの式を連立してYを消去しろ。そんで次に判別式Dをkを用いて表せ。最後にDの符号について場合分けをすりゃ答えは出る」
「呪いの呪文スか」
「だ、か、らァ〜」
英語も古文もそして今やっている数学に関しても、どんなに解き方を教えても黄瀬にとっては呪文にしか捉えられないようだ。それが一番の悩み所である。
何度目か分からない呆れにほとほと疲れた笠松は、明け透けに大きな溜め息を吐いた。
授業で習った事しかテストには出ないと言うのに、その習った事すら全く理解していないとなると困難を極める。頭の奥が痛くなるのも全てはコイツのせいだと目の前の黄色い頭を睨む。
そもそもスポーツ推薦で来たくらいだ。しかもモデルもやっているとなると益々勉学に勤しむタイプには思えない。それは黄瀬が入部した時から感じていた。
まさかここまで酷いとは誰も思わないだろう。
「お前さ」
「何スか?」
「ホント、バスケ上手くて良かったな」
「どういう意味っスか?」
「っていうか、帝光中に通っててしかもそこでバスケ部に入って……か?」
「だからなんなんスかー!」
「そこは何か青峰に感謝かもな」
「益々意味わかんねっス」
ノートにグラフを作りながら連立方程式を書く。判別式が分からないのか前のページを捲っては再び元のページに戻る。
そんな様子を笠松は頬杖つきながら黙って眺めていた。
「でなきゃ、お前が海常に来なかっただろうからな」
「へ? 何か言ったっスか?」
「別に何も言ってねーよ。つかさっさと解け!」
「へぶっ!」
ストイックに練習している時の顔とはまた違う真剣な顔付きで勉強している姿は初見だ。けれどもそんな表情もキレイと言うのは腹立たしいと同時に矢張り一瞬でも見とれてしまう。
そんな自分を誤魔化すように頭を掴んで問題集に顔を隠すように押し付けてやる。
――っつーか、来れなかっただろうな。
今となっては考えたくもない世界であるが、ふと‘もしもあの時’と思考が働けばそれは自ずとマイナスの色に変わる。
黄瀬と出会っていない世界に。
そんな世界はつまらない上に色も何も無い。バスケですら成績を残せなかったかも知れない。
「おらっ! バスケしたいんだろーが」
「したいっス!」
「じゃあしっかりやれ」
「これ解いたら1on1してくださいっス!」
「ヤだよ」
「エーッ!」
「今日のノルマちゃんと終わらせてからな」
「はいっス!」
そうやって自分の言葉で一喜一憂してコロコロ表情を変える黄瀬に自然と笑みが零れる。
――お前とバスケ出来て良かったよ
なんて、まだ言うには早過ぎるだろうか。