火黄


 日本に来てから携帯のアドレス帳も増えた。発着信や送受信の履歴も直ぐに埋まって毎日のように更新されていく。
 そしてその殆どが黄瀬涼太と言う名前で埋め尽くされていた。

「で、何の用だよ」
『用がないと掛けちゃだめっスか?』
「……別に」

 自分で教えてはいないし交換もしていない。ならば何故こうして連絡が取れているのか。答えは簡単だ。誰かが勝手に教えただけのこと。
 黄瀬が気軽に訊ける相手なんて一人しか居ない。同中出身の黒子だ。
 あの時は勝手に教えるなと言ったものの今ではそれで良かったのだと思う。でなければこうして自分の中で満たされていく何かに気付けなかったのだから。

『火神っちは今帰りっスか?』
「もう家に着くけどな。お前は?」
『俺は今から学校出るっス』
「はあっ!?」

 それはいくら何でも遅すぎねーか。
 マンションのポストを確認しながら声を張り上げた。誠凛でもギリギリまでやって夜の七時には体育館を閉められると言うのに。今はそれから一時間経っている。
 しかしそれを言っても電話の向こうではどこか楽しげに笑っていた。

『それが海常っスよ』
「何かちょっと羨ましい……かも」
『転校したらどっスか?』
「ばーか」
『ヒドッ!』

 エレベーターが降りてくるのを待つ間も黄瀬の声を聴いているだけで不思議と退屈だとは思わない。練習による肉体的な疲れは残っても、精神的疲労はどこかへ消え去ってしまったかのようだ。
 それ程までに自分の中の黄瀬涼太と言う存在が大きくなっていると今更ながらに思う。

「さっさと帰ってさっさと休めよ」
『はーい。……あ、じゃあそろそろ電車も来るんで切るっス』
「おー」

 道中寄ったスーパーの袋ががさりと音を鳴らす。右手から左手に持ち替えて携帯を肩に挟む。片手がフリーになった所でキーを差し込んだ。
 ガチャッ、と鍵の開く音と共に「それじゃあ……」と名残惜しむような声がする。
 その後切れるかと思った通話は差し込んだ鍵を抜いてポケットにしまい込みドアを開けるまで一向に通話終了の電子音が聞こえずにいた。かと言って黄瀬の声がするわけでもない。
 聞こえて来たのは電車がホームに来たことを知らせるアナウンスだった。それまで続いた沈黙を破ろうと口を開いた時、向こうから破られた。 

『かっ、火神っち!』
「あ?」

 プシュー、と電車のドアが開く音とざわざわとした不特定多数の人の声が雑音となって耳に届く。
 黄瀬の声だけが聴きたいのに。

『寝る前に電話しても……良いっスか?』

 少し遠慮がちに聞こえた声は戸惑いと不安と焦りが混ざっていた。
 自ずと口角が上がる。

「電車降りたらしてこいよ」
『はいっス!』

 じゃあ、また!
 元気な声に戻ったのを耳にすると愛おしさが込み上げてくる。本来ならばこのまま話していたいが電車となるとそう言うわけにはいかない。
 通話を終了する直前、ドアが閉まる音が耳に届いた。



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