青黄


 雑誌発売日になると決まって登校中に声を掛けられる。休み時間や放課後も、朝に声を掛けそびれた女生徒が集まるのだ。それは一年生の時からそうで、今までだったら普通に対応していた。
 けれども今は違う。
 終業のチャイムが鳴り、SHRが終わると一目散に教室から飛び出す。これは一年前の黄瀬からは想像もつかない行動であった。
 廊下で声を掛けてくる女生徒に対しても反応はなあなあで以前と比べればおざなりも良いところだ。その態度の奥底にはまるで「お前らに構っている暇は無い」とでも言うように。

「よっしゃ! いっちばー」
「おー、今日も遅かったな」
「何で居るんスか! 青峰っち!」

 瞬間移動でも使えるんスか!と悔しげな態度を隠そうともせずに近付く。
 これが彼が急ぐ理由だった。
 誰よりも――特に青峰よりも早くに部室に行くことが今彼の中で密かにブームである。
 毎日遅くまで残って最後に部室を去るのは他でもない黄瀬である。そこから、じゃあ部室に行くのは一番最初にすれば誰よりも長く居ることになると言うシンプルで単純な考えに至ったのだった。
 思い立ったが吉日、早速実行してみたは良いものの、何故か部室の扉を開けると毎日真っ先に青峰の姿がレンズに映る。
 バスケはまだ敵わないとしても、これくらいは負けたくない。

「もーっ! 今日こそ一番だと思ってたのにー……」
「残念だったな」
「ちゃんとショートまで教室にいるんスかぁ?」
「あ? 俺が不正してるとでも?」
「掃除時間辺りから姿眩ましてたりとか青峰っちならアリかなーなんて」
「ふざけんな。教室と廊下とトイレと校庭と下駄箱以外だったら参加してるっつーの」

 言う態度は偉そうだがしかし内容は明白に最低なものである。とどのつまり理科室や音楽室といった特別教室以外はサボリの対象ということだ。
 白い目で黄瀬が見ればガンを飛ばして不機嫌さを露わにする。
 ハァーッ、と長い溜め息を吐きながら黄瀬は己のロッカーに荷物を置いた。

「今月はどこ担当なんスか?」
「下駄箱」
「思いっ切りサボリの対象じゃないっスか!」
「ぶっ!」

 着替えるために丁度脱いでいたシャツを青峰の顔面に目掛けて投げつける。それは見事にヒットした。
 同時に青峰の怒りを買ったも同然である。

「……黄瀬テメェ……」
「怒られる意味が分かんないっス!」

 そもそもサボったのは青峰でありそれを咎める事は微塵も間違ってなどいない筈だ。元々俺様な性格であるが故に理屈も理不尽なものが多かったが今回は誰が見ても青峰に非がある。
 野性的な瞳にたじろぎながらも此方も負けじと挑戦的な視線を向けた。

「威勢だけはいいよな、お前」
「俺が今青峰っちに勝てることって言ったら、それと容姿と女の子に告られた回数くらいっスから」
「死ね」

 キリッと真面目に答えると即答で罵声が飛んできた。恐るべき反射神経、と思ったがそもそも青峰の行動は反射によるものだが果たしてそれと反射神経は関係しているのかなんて黄瀬の持つ弱い頭では考えても分かるわけがない。
 簡単に思考を諦めると「死ね」の言葉に意識を移した。

「むぅー。青峰っち、今月の掃除くらいはちゃんとやって欲しいっス」
「俺が真面目にやろうがサボろうがお前が一番に来ることはまずねーよ」
「そうじゃなくて! いやそれについては異議申し立てしたい所っスけどそうじゃなくて!」

 否定するように頭をぶんぶんと左右に振ると、練習着のシャツを手に握り締めたまま備え付けのベンチに座る青峰に寄った。
 それはつまり言い換えるならば上半身裸の状態で、と言うことになる。

「何だよ。誘ってんのか」
「誘ってんスよ。掃除のお誘いっスけど」「ハッ! 色気ねー」

 言いながら黄瀬の頬を撫でる。相変わらず男とは思えない感触が手の平から伝わる。
 そのまま耳に触れながら髪の毛の間に指を通し、後頭部へと辿り着く。ぐっと力を込めればそれはいとも簡単に至近距離と言える程の所まで一気に近付いた。
 その間も黄瀬は言葉を発することなくただじっと青峰を見ていた。

「俺、今の掃除場所が生徒玄関なんスよ」
「へぇ」

 だから?と後に続きそうな言葉を見越してか取り急ぎ言葉を紡ぐ。

「だからっ、だから……っ!」

 徐々に紅潮していく様が面白く、同時にこれまでにないくらい愛おしくてつい嗜虐心が擽られる。
 けれどもここは頑張っている彼に免じてひとまず我慢する。

「掃除時間にもっ、あ、青峰っちにあ、あ……会え……る、から……」

 言葉の尻尾は小さくて聞こえなかったがしかし言わんとしていることは確かに伝わっていた。
 頑張ったご褒美とでも言うように、後頭部に回した手に力を加えてやる。

「っン!」

 呆気なくくっ付いた唇は簡単に隙間を割られ侵入を許してしまう。ぬるりと蠢くそれに黄瀬の体は素直に反応していた。
 そんな様子に青峰の機嫌は上々である。
 震える手で青峰の首に腕を回し応えているのか堪えているのか分からないが、何れにしても必死さは伝わってくる。
 時折漏れる声と触れ合う水音が青峰をその気にさせていた。

――偶にはコイツの言うことも聞いてやるか。

 なんて。



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