笠黄
「笠松ってさ、女性に耐性無いけど黄瀬は大丈夫なんだな」
「は?」
間抜けな声と共に食べかけのおかずを危うく落としそうになる。
土曜は学校は休みだが部活は朝から夕方まで行う。だからお昼ご飯持参で臨むわけだが、今はまさに昼休憩の真っ只中だ。
弁当を部室まで取りに行ったは良いものの一々食べる場所を探して出て行くのも面倒臭かったのでそのままそこで食べることにした。すると間もなくして森山が入ってきて、何となく昼を共にする運びになったのだ。
そして、先程の言葉である。
「いや、マジ意味わかんねーんだけど」
「黄瀬って下手するとそこら辺の女の子よりも肌とかスタイルとかキレイじゃん?」
「あー……?」
「そうか。笠松はろくにクラスメートの女子も直視出来ないから比較のしようが無いのか」
反論したかったがしかし悔しいことに事実無根と言うわけでも無かったので言葉が出ない。
俺とは逆に森山は公式戦でも必ず応援席の女の子をチェックするくらい色んな人を良く見ている。黄瀬もイケメンと認めるくらいに顔は良い。しかしそんな森山に浮ついた話が持ち上がらないのはこいつが‘残念なイケメン’であるからだ。
「そもそも黄瀬は男だろうがっ」
「そうなんだけどさー」
「なんだよ」
「いや、ただ」
最後の一口を飲み込み律儀に食後の挨拶をする。お茶を口に含んだ所で漸く中途半端に切られた言葉の続きを紡いだ。
「お前、黄瀬には盲目だから逆にそう言う反応が出ないのかもなーって」
「ブはッ!」
「うわっ、きったねー」
「ちょっ、大丈夫っスか?」
「って黄瀬ぇ!?」
「はいっス」
「噂をすれば……ってやつだな」
突如として現れたそいつは、まさに今話題の種になっていた黄瀬で……。
「なんっ、おまっ」
「もう直ぐ休憩終わるのになかなか戻って来ないから探しにきたんスよ」
ゲホゲホと噎せる俺の背中を懸命にさする。整った眉を下げて心配してくる様は改めて意識して見ると目に毒であることが分かる。
これ以上は、何だかヤバい気もする。
「そうか。悪いな、黄瀬。じゃあ俺は先に戻ってるから。……黄瀬」
「何スか? 森山センパイ」
「笠松を宜しくな」
「はいっス!」
監督には俺から言っておくからゆっくり来い。
去り際にそう言い残して、森山は部室のドアを閉めた。
得てして二人きりと言う状況下に置かれた俺は未だに背中をさする黄瀬相手にどうしたらいいのか分からずにいる。
黄瀬も黄瀬で普段はキャンキャン五月蝿いくらい吠えるのに何故か大人しい。
「大丈夫っスか?」
「ん? あぁ……」
すぐ側にある黄瀬の顔をまじまじと見る。
――下手するとそこら辺の女の子よりも肌とかスタイルとかキレイじゃん?
確かに。
――お前、黄瀬には盲目だから逆にそう言う反応が出ないのかもな
ああそうだよ。悪かったな。
「センパイ?」
あまりにも俺が直視していたせいか、黄瀬の顔が怪訝なものへと変わる。けれどもその容姿故に他人からの視線は見慣れているようで不快な色は全く滲んでいなかった。
好きだよ、黄瀬。
「へ? 何か言ったっスか?」
「二度も言わねえ」
「エーっ」
残念な奴が折角余計な気を回してくれたんだ。その行為を無駄にする事もない。
だからもう少し、お前を独占したって罰は当たらないだろう。