笠黄


 以前、センパイに「もう少し甘えてもいいんじゃねぇの」と言われた。だけどその時の俺は言っている意味が分からなくて「はあ」と非常に曖昧で微妙な返事しか出来なかった。

 今日も俺は一人居残って練習に励む。誠凛に負けて以来ずっとだ。中学の頃は良く青峰っちに付き合ってもらっていたけれど、ここは帝光じゃない。海常高校なんだ。

「……ハァ、ハァ」

 何度シュートを練習しても、何度ドリブルを練習しても、何度ドライブやスリーに磨きを掛けても、目の前をチラつく大きな存在には手も届かない。
 青峰っちに負けて、矢張り一歩も二歩も先を行くんだって気付かされた。どんなに頑張ってもまだ届かない。どんなに努力したって追い付けない。
 それが事実で現実なんだとあの試合で突き付けられた。
 俺のせいで、海常が負けた。

「こんなんじゃ……っ、全然ッ……」

 肩で息をしていても苦しくてもそれを乗り越えなきゃ先へは行けない。海常を上へ連れて行けない。
 俺はまだ、海常のエースとしての役目を果たしていないのだから。今度こそ、胸を張れるような結果を残さなくちゃいけない。
 もう―― 
「負……け、ないっ!」

 矢張りシュートスタイルはダンクが一番好きだ。
 一番派手で一番気持ち良くて一番スカッとする。点数は二点だけど。
 ボールが重力に従い落ちる。転々と跳ねながらどこかへ転がって行く。俺も着地しようとリングから手を離す。バッシュが床に着いたのと同時にそれを知らせる音が体育館に響いた。
 けれど、そのまま俺の視界はぐらりと傾き壁から天井へとスクリーンが移動する。
 そこで漸くガス欠だと気付いた。

「あ……ヤ、ベ……」

 足に力が入らない。受け身を取りたかったのに体の反応もイマイチで、いよいよ危ないなと思っていた矢先のことだ。
 両脇から誰かの腕が伸びてきた。俺をしっかりと後ろから支えるそれは、見るからに見覚えのある練習着だ。

「あっぶねー」

 倒れるギリギリにスライディングでもして俺と床の間に入ってくれたらしい。お陰で腰を強打することも頭を打つことも無かった。

「笠松……センパイ?」

 なんで、と訊こうとしたけれど背中から伝わるセンパイの心臓が物凄く速くて何だかそれ以上続けられなかった。

「お前バカか。いやバカなのは知ってるけどここまでバカだったとは思わなかったぞ」
「ヒドい……」
「ヒデェのはどっちだよ、ったく。大丈夫か? どこか打たなかったか?」
「あ、いえ……平気っス」

 お陰様で。
 そう言うとセンパイは安堵の溜め息を吐いた。そりゃあもう盛大に。

「立てるか?」
「あー……どうっスかねぇ……」

 なんて力無く笑いながら少し足に力を入れてみる。多少震えてはいるものの、恐らくもう大丈夫だろう。
 だけど何となく、センパイに後ろから抱き締められているような感じが心地よくて、つい欲が口を吐いてしまった。

「ねぇ、センパイ」
「あ?」
「少しだけ……甘えてもいいっスか」
「……好きにしろ。バーカ」

 ぎゅっと少しだけ支える腕に力が入る。だからよりセンパイとくっついた気がする。
 そう言えば今の俺ってばすっげー汗臭いじゃん。なんて思ったけれど、センパイが俺の首に顔を埋めてくるからそんな事どうでも良くなった。
 もう少し。後少し。
 もう直ぐ冬が来ちゃうけど、どうかそれまではもう少しだけ。



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