紫黄


 みんなは知らない。
 黄瀬ちんは何処へ行っても愛される。黄瀬ちんの周りには人がいつも集まっていて、いつもみんなが笑ってる。それは、黄瀬ちんがその中心で笑っているから。目を細めて緩やかなカーブを描く桜色の唇がキレイな笑顔を演出する。
 けれどもみんなは知らない。
 黄瀬ちんが本当に笑っている時は目を細めるんじゃない。目尻が下がるんだ。唇は緩やかなカーブを描くんじゃない。白くてキレイな歯列を見せて口角が上がるんだ。それを知っているのはバスケ部だけ。
 だけどバスケ部のみんなも知らない事がある。
 黄瀬ちんが、みんなに囲まれていたって本当は凄く寂しいって泣いてること。それを笑って見て見ぬ振りをしていること。自分で蓋をしてしまっていること。
 誰も知らない。オレ以外。

「黄瀬ちん」

 テスト期間で部活が休みの放課後。さっきまで教室で勉強をしていたクラスメートも鞄を持って何処かへと行ってしまった。それでも黄瀬ちんはずっとそこに居る。誰かの席に座ったまま、窓の外をただただ眺めている。
 南向きの窓から西日が仄かに差し込んで、柱の影はスラッシュのように斜めになっていた。黄瀬ちんの顔も、右側だけが明るい筈だ。背面黒板側のドアから見える黄瀬ちんの顔は、残念ながら影になっていて良く分からない。
 けれども夕陽による照り返しが美しく黄瀬ちんを縁取っている。

「黄瀬ちん」

 もう一度、名前を呼ぶ。
 今度は黄瀬ちんとの距離を縮めた。床と上履きが触れ合う度に音が鳴る。場所によっては床板が軋んだ。
 黄瀬ちんの座る席は窓際の真ん中の席だった。ただ、矢張りそこが誰の席なのかは分からない。オレはその誰のかも知らない机に座る。眩しいから窓には背中を向けた。

――ああ、やっぱり。

 黄瀬ちんの顔は右側が黄昏色に照らされている。それでも思った通り、「寂しい」と泣いていた。涙なんて一滴も流れてやしないけれど。

「黄瀬ちん」

 三回目。漸く黄瀬ちんはオレ声に首を動かしてくれた。オレと目を合わせると安心しきったように、とても無防備に笑う。それは黒ちんも峰ちんも知らない。オレだけの笑顔だ。
 堪らず上体を傾けて上から唇を塞ぐ。オレがこの教室に来る前に食べていたポテトチップスの味はいとも簡単に甘い黄瀬ちんの味に上書きされてしまった。

「今日はのしりお味っスね」
「黄瀬ちんは相変わらず甘い黄瀬ちんの味ー」
「もう。毎回思うんスけど、それ何なんスか?」

 クスクス笑う黄瀬ちんはさっきまでの黄瀬ちんとはまるで別人だった。

「オレが居るじゃん」
「え?」
「黄瀬ちんには、オレが居るし」
「……うん。ありがと、紫っち」

 もう独りで泣かないでとかオレを頼ってとか、思うことは沢山あるのに言葉に出来なかった。それは恐らくその言葉がそのまま自分自身に返って来るのが怖いからだ。
 だからそれを言わない代わりにこの先のオレの課題としてクリアしていくことにする。黄瀬ちんをもう独りになんかさせないし黄瀬ちんが頼ってくれるようなオレになればいい。

「紫っちが居てくれて、良かったっス」

 今度は下から塞がれた唇を、オレは難無く受け入れる。
 だってこれは――

「好き。大好き」
「うん。知ってるー」
「大好きよりももっともっと大好きっス」
「オレは、アイラヴユーより愛してる」

 オレだけが知る、黄瀬ちんからの求愛のサイン、だし。


素敵黄瀬受け企画サイト青春シューティングスター様への提出作品です。
何か、思った以上に地味な仕上がりでどうしてこうなった感が否めません。
素敵な企画を立ち上げてくださった瑠明様には感謝致しております。参加させていただきありがとうございました!



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