赤黄


「リョ、ウ、タ」

 たった一人だけの人。
 唯一の人。
 俺を‘涼太’って呼ぶ人。

「……涼太」

 みんながいる時も、二人きりの時も変わらずに呼んでくれる。それは、俺だけに限らずなんだけど。だから特別なことでもない。
 それでも俺は嬉しくなる。

「涼太っ!」

 ある日、赤司っちが俺を呼ぶ声がいつも以上に大きかった。たったそれだけのことなのに嬉しくて。でも、きっと顔には表れなかった。
 そんな余裕なんて無かった。嬉しいと感じる余裕はあるのに。
 視界が段々黒に侵食していく。みんなの声も遠くなって、赤司っちの顔が珍しく焦ってて。貴重なものを見れたってちょっと満足感に満たされて――俺は意識を手放した。

「んっ……」
「涼太?」
「あ……?」

 真っ暗な中で自分の意識が浮上してくるのが分かる。ゆっくりだけど確実に。
 ああ、目を閉じているんだって分かったら自然と瞼が動いた。
 差し込む光が眩しくてまた閉じる。だけどほんの一瞬、眩しさの中に暖かい色を見つけた気がして確かめるようにもう一度開いた。

「涼太!」

 顔を覗き込まれるように至近距離で確認出来た赤司っちの顔は入部してから一度も見たことがない。どんな言葉で形容したらいいのか分からない。
 それでも一つだけ言えるのは、‘心配した’とその顔に書かれていることだ。

「な……に? あれ、え?」
「涼太……」

 優しく頬を撫でられ、心臓が飛び跳ねる。珍しい。今日は彼の一挙一動が珍しい。
 ギシ、とベッドが軋む。そこで、自分が保健室に居るんだと気付いた。
 縁に腰掛けて俺の頭を撫でる。いつも漢字が書かれた将棋の駒を弄っている指が、今日は俺の髪を弄ぶ。
 聞けば、練習中に意識を失い倒れたのだそう。体育館に入ってきた時から具合が悪そうだと思っていたらしい。
 俺は倒れるまで気付かなかったけど。
 そして紫っちが俺を此処まで運んでくれて、後は赤司っちがずっと側に居てくれたんだとか。
 だから保健の先生が居ないんだ、と妙に納得。
 知恵熱らしい。思い当たる節は――

「昨日、ずっと赤司っちのこと考えてたからっスかねぇ」
「涼……太……?」

 今、ふにゃりとだらしなく笑っているんだと自分でも分かるほど表情筋がゆるゆるだ。
 赤司っちの手の動きが止まる。

「何で赤司っちには敵わないんだろうとか、何で赤司っちは俺以上に文武両道なんだろうとか、何で赤司っちは格好いいんだろうとか」

 俺を見つめる二つの目。これも珍しい。いつもは俺が見下ろして、彼が見上げるのがデフォルトなのに。今回ばかりは仕方がないのかな。

「……色々考えてたら俺って赤司っちのことが大好きなんだなーって思って、そっからまた赤司っちのこと考えて……」

 俺赤司っちみたいに頭良くないから考えても答えは出ないんスけどね。
 なんて笑って言ったら、頭を撫でていた手の平が頬に降りてきた。何だろうと思っていたら、あっと言う間に俺との距離はゼロセンチ。
 唇が凄く熱くて、顔も、耳も、首も、全部が熱い。あー、また熱出たかなあって思っちゃう程。

「涼太」

 その声が、あまりにも優しく囁くから……。
 俺は返事の代わりに目を閉じた。



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