青黄


( の続き)

 青峰が目を覚ますと、眼前に現れた黄瀬の顔に心臓が跳ねた。それは恋する少女のような可憐なものではなく、未知との遭遇に驚いた感覚に近い。少なからず恐怖もあった。
 何故、同じベッドに……。そこまで考えて就寝前の遣り取りを思い出す。

「青峰っちも寝よ!」
「寝るったって……」
「明日もお仕事でしょ? じゃあ寝なきゃ護衛なんて無理じゃないスか。どうせ外には青峰っちの部下を待機させてるんスよね?」

 流石伊達に軍でトップを張っていない。部隊である程度の差はあるものの、赤司の方針は定まっているのだ。それに沿ってさえいれば良かった。
 青峰の部隊はどちらかと言えば個々人の能力に重きを置いている。作戦の殆どは軍師任せであるが、いざという時の決定権は青峰にある。その青峰が赤司の命令とは言え、直々に皇子に付いているのだ。今回の件に関して言えば、それ程重要であると窺えた。
 だから今回は青峰が直接指揮を執っていると判断したのだ。

「それに、傍に居た方がいざという時、身を挺して護れるっしょ?」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる黄瀬は、最早皇子としての面影は無い。青峰が良く知る、黄瀬准将の顔だった。

「最初っからそのつもりだ」
「うわっ」

 腕に黄瀬を閉じ込めると、そのままベッドに倒れ込む。スプリングは下から彼らを優しく受け止める。柔らかすぎず、固すぎず、いい具合に沈み込むマットレスは軍部で支給されている安物とは大きく異なっていた。
 黄瀬は入隊してからその固いベッドを使っていた事になる。果たして眠れたのだろうか。そんな疑問が浮かんだが、やけに静かな皇子様を起こす事は憚られた。
 軍にも王家にも身元がバレてしまうことに酷く悩み、精神を削っていたのだろう。黄瀬が打ち明けた胸の内を聴いていてそう思った。そして、その告白を紡ぐ瞬間が最も精神をすり減らしたことだろうとも。
 ギリギリまで悩んで悩んで、導き出した答えの為に走って来た。会場に足を踏み入れた時には、恐らく矜持と気力で動いていたに違いない。青峰とて、伊達に黄瀬を見ていないのだから。
 腕の中で安心しきった表情で眠る黄瀬に満足感を得て、青峰も目を閉じた。――そして今に至る。

「隈出来てんぞ」

 親指の腹で優しく涙袋の下をなぞる。その思わぬ肌の質感に、青峰は再度心臓が跳ねた。

「ん……ぁ、ね……ち?」
「ヒッデェ声だな」
「……んー……」
「寝んなバカ。起きろ」

 嫌味な程に通った鼻梁を挟むように小鼻を摘む。すると、眠気眼の皇子からは何とも情け無い鼻声が漏れた。

「ふはっ」
「んん〜……。なんなんスかぁ。あされんまで、まだじかんあるじゃないス……か、ぁ……」
「おい。だから寝るなっつの」
「あ」
「あ?」
「青峰っち!?」

 漸くお目覚めか。
 青峰が呆れを内心顕にしながら寝起きの皇子様を眺めていると、件の彼は顔を真っ青から真っ赤へと忙しない。そしてその持ち前の瞬発力を遺憾無く発揮するや否や、広いベッドの端へと移動した。
 それはもう寝起きとは思えぬ動きである。

「おま、馬鹿! そんなに端に行ったら……」
「いってぇ!」

 軍の部屋であれば、ベッドの端は壁になっていただろう。けれど此処は長年暮らした軍の自室ではない。王室の、一室なのだ。その持ち主である筈の黄瀬が、現在はベッドの下に転げ落ちているのだけれど。

「何で青峰っちが?」
「お前寝惚けてんのか」
「酔っ払っ……あれ? 此処どこ……いや、オレの……部屋? え? あれ?」
「はぁ……」

 後頭部を擦りながら、のそのそとベッドに戻る黄瀬は目新しい物でも見た子どものように辺りを見回している。
 自室ではないが自室である。その状況に寝起きの頭は未だ情報を処理しきれていないらしい。
 青峰は盛大な溜息を吐いた後、黄瀬の腕を強引に引いた。

「お目覚めですか? 皇子様」

 至近距離で、低音の声をかつて無い程優しい空気で包み込む。

「あ、ああ……」
「黄ぃー瀬」
「おはよう……ございます……」

 全てを思い出したのだろう。
 膝立ちのまま青峰の腕に抱かれた黄瀬は、そのまま力なく凭れた。声音もそれに比例していた。
 そんな黄瀬の様子に満足した青峰は、もう一度吹き出したのであった。



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