赤黄


 緑間は己の耳を疑った。毎年自分の勤務先である病院での健康診断は受けている。そして例年通り検査結果は異常なしだ。それでも今し方その結果を俄かに信じて難いものとするには十分な言葉を聞いたのだった。

「赤司。今、何と?」
「最近読んだ本に記載されていて気になっただけだ」
「その後だ」

 学生時代から赤司は聡明だった。その事を緑間は十二分に理解している。定期考査では常に赤司の後ろを歩んでいたのだから。必ず抜かすと言う密やかな目標は遂に成し遂げる事は無かった。
 そんな赤司からよもやその様な俗っぽい言葉を発せられるなど誰が思うだろうか。しかし事実である。緑間は危うく手中の血圧計を落としそうになった。

「だから、恋煩いとはどう言うものなんだ?」

 良く己に関する身の上話を「友人の話」として語る者が居る。しかしそれは高確率で語る本人の話であることが多い。そして今回もその内に入るだろう。
 緑間は一面硝子に囲まれたリビングから、まだ葉も付けていない冬ならではの木々を見詰めた。


「涼ちゃん、ウチの社長と何かあったの?」

 風呂上がりで濡れた髪を乱雑にタオルで拭いながら高尾は黄瀬に尋ねた。リビングのフローリングの上に薄いマットを敷き、その上で風呂上がり後にヨガをするのが黄瀬の習慣である。
 近くには彼が日頃から好んで飲んでいるミネラルウォーターのペットボトルが置かれていた。高尾はそれを視界に入れながら、そろそろ買い足さなきゃなー、と疑問とは別の考えを巡らせる。

「別に何も無いっスよ」
「いやでも」
「ってか、あの人の話はしないでもらえないっスか?」
「やっぱ何かあったんじゃん」

 一流企業でサラリーマンをする高尾とモデルの端くれである黄瀬がルームシェアをしてから三年は経つ。だからだろう。高尾は直接聞かずとも黄瀬から感じる雰囲気で多少のことは悟ることが出来た。勿論、逆も然りである。
 高尾の指摘に黄瀬は幼子のように口を尖らせて拗ねてみせた。固より整った顔立ちだからか、そんな表情もまた違和感が無い。成人を数年前に迎えた長身の男がする仕草でも無いと思うのだが、黄瀬の場合は例外なのかもしれないと高尾は心の内で呟いた。

「生まれた時から金持ちな奴に碌な人間はいないっス!」
「まぁた家柄の事言われたんだ?」

 核心を突く言葉は黄瀬の胸を貫いた。悔しげに唇を引き結ぶ姿は、宛ら泣くのを我慢する子どもだ。
 黄瀬は物心付いた頃から母子家庭で育った。記憶の中に父親は居るが、名前や顔は思い出せずにいる。別段不便と言うことはないので気にしないでいるが。
 一家の大黒柱が居ない為に生活は常にギリギリだった。借金返済と言うドラマなんかで貧しい設定の登場人物が背負う宿命のような物もあって、家計は火の車だ。昼夜働きに出掛ける母の背中を見て、少しでも力になれたらと、中学に上がる少し前からモデルの仕事を始める。それが今では彼の本職と相成った。
 それからは所得の三分の二を母親に仕送りしている。だから黄瀬の手元に残るのは、高尾と暮らす為の家賃や光熱費分であった。
 請け負った仕事によっては娯楽費も出て来る。しかし黄瀬はそれを使わず口座にしまい込んでいた。図らずも幼少期から根付いている貧乏性の現れと言えるだろう。

「そんなに金持ちが偉いんスか? 暴力沙汰にしなかっただけ褒めて欲しいっス!」
「ちょ、オレの職場で問題起こすのヤメテ!」

 面倒事は御免だと言わんばかりの声音であるが、しかし高尾の顔は面白おかしそうに笑っている。気持ちとしては、黄瀬が己の勤める会社の社長を殴り倒す場面を見たい、と言うのもあるのだろう。基本的に高尾は、多少面倒でも面白ければ構わない嫌いがある。

「けど、オレには社長が戸惑ってるように見えたんだけどなー」
「何?」
「んーにゃ。なーんも」

 タオルを首に掛けながら冷蔵庫の扉を開ける。高尾の独り言はキッチンから離れた場所に居る黄瀬には綺麗に届かなかったらしい。
 お気に入りの清涼飲料水を喉に通す。この先に待っている己の社長と友人の行く末がどんなストーリーを描くのか内心楽しみで仕方がなかった。上がりそうな口角を誤魔化すように、高尾は弾んだ声で黄瀬を呼んだ。

「ヨガ終わったらオレの髪乾かしてよ!」
「えー、もぅ、仕様がないっスねぇ」

 先程までの不機嫌さはどこへやら。黄瀬は柔らかく笑うと「じゃあドライヤー持ってきて」と言った。
 いつかその笑顔が庶民感覚を持たない彼にも向けられる日が来るのだろうか。訪れるかも分からない未来を想像しながら、高尾はリビングに来る前に居た洗面所へと足を向けた。



続かない。
と言うより、続きが無い。
先日、某韓ドラの「秘密の庭」(実際のタイトルは英訳でした。字体と言い文字色と言い、シ/ュ/レ/ッ/クを彷彿とさせましたが話は全然関係無かったです)というものを初めて観まして。視聴中ずっと赤司と黄瀬で脳内変換されていました。
赤司に「恋煩いってどんなの?」と言わせたかっただけとも言えます。
全然二人が絡んで無いのでいまいち赤黄臭がしませんが赤黄です。



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