笠黄


「頑張るキミが、好きだよ」「一生懸命なキミが、大好きだよ」と言う二種類のキャッチコピーを用意された広告は、当然二種類用意されている。
 二月に入ってから放送されたCMはインターネット上にアップした動画でも再生回数は多い。節分が終わるとすぐさまポスターもそれに変えられる。バスや電車内、雑誌の広告ページでも見られた。今では街の至る所で拝める黄瀬の顔に、笠松はげんなりしている。

「ちょっと! オレ見て溜息吐くの止めて欲しいんスけど!」

 笠松が部室の扉を開けると、真っ先に目映い金色が視界に飛び込んできた。媒体越しに見るよりも綺麗だと素直に感じる。しかし髪と同じくらい嫌味な程に整った顔を見るや否や、笠松の口からは自ずと盛大な息が出たのだった。
 抗議と共に黄瀬がロッカーの中に荷物を置く。形ばかりの謝罪を口にすると、笠松は自分のロッカーの前へと移動した。

「けど溜息も吐きたくなるわ」

 ロッカーが開く。荷物を中に置けば、ネクタイを緩め始めた。笠松の声を聞きながら、黄瀬は解せない表情を浮かべる。

「電車に乗っても街の中歩いてもどこに行ってもお前の顔だらけじゃねーか」
「まあ、バレンタインっスからね」
「テレビ点けててもスポンサーなら絶対お前出るし」
「民放なら仕方無いっスね」
「只でさえ毎日学校で見てるっつーのに」
「でも美形はいくら見てても飽きないっしょ?」
「飽きるわバカッ!」
「痛いッ!」

 簡単な、言葉のキャッチボール、の後に笑いかけたら笠松の蹴りが容赦なく襲った。何度も受けた蹴りではあるが痛いものは痛いのだ。
 涙目になりながら患部をさする。毎度の事ながらこの痛みに慣れることはなかった。

「躊躇い無く美形でモデルな恋人を蹴る彼氏ってきっと先輩くらいっスよ」
「出来が悪くて手も掛かって鬱陶しくて五月蝿くてムカつくくらい生意気で変な所で気ぃ遣って一歩引いて距離置くくせに寂しがり屋で面倒臭くて、けど努力家で負けず嫌いで頑張り屋で器用だけど不器用でどこか危なっかしくて放っとけなくてオレのことが大好き過ぎる重たい恋人を受け止められんのはオレくらいのもんだろ」なあ、黄瀬?

 全てを見透かした目とそれを表す上がった口角で見て来る笠松に対し、一気に黄瀬の顔は熱が集中し始める。ずるい。そう言いたいのに先程から動かす唇は全て空振りだ。

「そんな黄瀬君はオレに何をくれんだ?」

 身長差的には見上げているのだが、何故か上から見下ろされているような心地である。加速する鼓動を何とかしようと試みるも、深呼吸など出来ないくらいには笠松に魅せられていた。
 矢張り全て見透かしている。そんな目と上がった口角が語る。
 けれど黄瀬は、やられっ放しは性分ではないのだ。

「じゃあ、バレンタイン用のオレのポスターをサイン付であげちゃうっスよ!」
「要らねーよ」

 星を飛ばす勢いでウインクしてみせる。しかし笠松はあろう事かバッサリと切り捨てた。それも即答である。

「ヒッ、ヒドいっス!」

 泣きつく寸前の事だ。黄瀬が情け無い声を出したのと時を同じくして、外が少しだけ賑やかになる。どうやら他の部員が来たらしい。
 笠松は会話の最中にさっさと自分の支度は済ませてしまっていた。しかし黄瀬は依然として制服のままである。辛うじてネクタイとシャツの第三釦までが外されていた。

「オレは平面のお前には興味無ぇってだけだ。どうせ貰えんなら本人が良いに決まってんだろーが」

 それだけ言い残すと「お前もさっさと着替えろよ」と告げながら扉の向こうへと姿を消した。一枚隔てた向こう側から笠松の声と部員の声が聞こえる。その声は割と直ぐに近くなった。

「ちーっす。……黄瀬?」
「へ、あ、森山センパ……ちわっス」

 笠松と入れ替わりで入ってきた森山は黄瀬の顔を見て口角を上げた。心なしか楽しそうだ。

「もう直ぐバレンタインだなー」
「へっ? あっ、そ、そっスね!」

 黄瀬の慌てふためく様は見ていて飽きない。けれどやり過ぎると後々主将から――と言うよりは彼氏からお咎めが来るのでそれ以上の揶揄はしないでおく。

「オオ、オ、オレ、も、行くっス!」
「おー。笠松手伝ってやれよー」

 一人で体育館に居る男の名を出せば黄瀬の肩が跳ねる。これは自分がくる前にバレンタインに関した何かが二人の間にあったのだと簡単に予測する事が出来た。
 小さく「……っス」と返事をした黄瀬の耳が赤い。最早これは予測ではなく確定である。
 他の部員が続々と入ってくるのを器用に避けながら黄瀬は部室を後にした。

「こ、コレってやっぱ、自分にリボン掛けて……? むむむ無理っス! 絶対無理っ!」

 どうやら暫くの間、悩まされそうだ。とても幸せな悩みに。



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