火黄


 成人でもないのに祝日で休みになると言うのも変な話だ。しかし実際そう思って居るのはこの場に居なかった。皆休みを嬉々として受け入れている。駅前のマジバで腹拵えをする四人の男――壁側の窓際に黄瀬、その向かいには青峰、黄瀬の左隣の通路側に火神、その向かいに座る黒子もその内に入る。
 ピラミッドと言うより最早山脈に近い積み上げ方でトレイの中に山を作るのは、火神のチーズバーガーだ。雪崩を起こさないのが不思議でならない。黒子は毎度のことなのか意に介した風は無いが隣に座る黄瀬は気になるようだ。

「流石に多くないっスか? 胃凭れしそう……」
「んあ? そうでもねぇよ。っつか青峰だって似たり寄ったりだろ?」
「お前と比べりゃオレのは可愛いもんだろ」
「燃費の悪さはどっちもどっちですよ」

 バーガーとバニラシェイクが一つずつ乗ったトレイが黒子の前にある。それにポテトが付いても付かなくても、それが一般的な光景であるが、火神と青峰のトレイと比べると量が少なく感じてしまう。そうなってしまえば完全に感覚が麻痺している証拠だ。
 慣れている黒子はまだしも黄瀬はその量に当てられていた。見ているだけで満腹中枢が刺激されたような感覚がする。

「黒子っち、良く平気な顔で食べられるっスね」
「気にしたら負けですから」
「オレ、ちょっと飲み物買ってくるっス」

 ふらりと立ち上がった黄瀬にいち早く反応したのは青峰だ。

「じゃあ、オレのはコーラLな。奢りだろ」
「それならボクはバニラシェイクをお願いします」
「ちょちょちょっと! えっ! いつそんな話になったんスかっ?」

 長財布を片手に慌てる黄瀬に、黒子と青峰は揃って「今」とそっけなく返した。バスケ以外は合わない二人が合うのも珍しい事だが、しかしこう言った状況になるのは実際そう珍しい事でもない。
 と言うのも、中学の頃は度々あったのだ。夏にコンビニでアイスを買う時なんかも今と似たような状況だった。
 相変わらずの二人に観念したのか、黄瀬は溜息を一つ吐く。そして火神の方を向いた。

「火神っちは?」
「は?」

 そこで自分に話を振られた意味が分からず火神は目を丸くする。黄瀬としては当然の流れであったが、火神からしてみれば理解不能のようだ。

「だから、飲み物。買ってくるっスよ」
「いや、オレは……あー……、オレも行くわ」
「え?」

 そう言うや否や、火神は食べかけのチーズバーガーをトレイに戻して立ち上がる。今度は黄瀬が目を丸くする番だった。

「行くぞ」
「あ、うんっ」

 丁度お昼時である為、入店した際には無かった列が出来ている。大体どのレジも同じくらいの人数だったので、壁側の所に列んだ。
 列からも頭が飛び抜けているからか二人は非常に目立っている。その上、一方は目つきが悪いながらもワイルド系イケメンと呼ぶに相応しく、もう一方は自他共に認めるイケメンであり写真集を出すくらいには名の知られたモデルだ。注目を浴びない訳が無い。しかし彼らは回りの目など一切気にしていないようだった。
 けれども黄瀬は内心首を傾げる。中学の時も同じ様にいつの間にか奢る事になり、一人で列ぶ事は多々あった。しかしその時は高確率で女性に声を掛けられてしまい、結果として皆に「遅い」と怒られる羽目になるのだ。だが今日はどうだろう。視線は感じるものの、声を掛けようとしてくる人は居ない。
 何とはなしに火神を見れば、火神はどこか別の方向を向いていた。かと思えば別の場所へと視線を走らせる。まるで誰かを探しているようだ。

「火神っち? どうしたんスか?」
「お前ってホント女の目を引くんだな」
「え?」
「視線がうぜぇ」
「あー……ハハッ。慣れちゃえばどうって事ないっスよ?」
「んなわけあるかよ。こんだけジロジロ見られてたら常に気ぃ張ってなきゃなんねーだろ」

 漸く火神の行動が理解出来た。そして何故飲食スペースに近い方のレジではなく、壁側のレジに列んだのかも。自惚れでなければ、だが。
 火神は向けられる目から黄瀬を極力切り離そうとしているのだ。壁側であれば一定方向からしか視線を感じることはない。更に黄瀬を壁の方に立たせ、火神が人側に立つことでより人目から隔離される。
 この男が意図的にやっているにしろ無意識にしろ、黄瀬の心は大きく揺すっている事に変わりはない。

「火神っちってさ、どこでそんなん覚えてくるんスか」
「何か言ったか?」
「いや、何も。こんだけハイスペックなのに大小構わず犬が苦手って可愛いトコあるなーって思っただけっスよ」
「うっせ。しょうがねぇだろ」

 どうやら店内の賑わいで黄瀬の声は聞こえても言葉までは分からなかったらしい。火神が聞き返したお蔭で、と言うわけではないだろうが、ほんのり色付いていた頬はいつもの白さに戻っていた。
 からかいの眼差しで火神を見れば照れ隠しか、ぶっきらぼうな物言いで視線を逸らす。それがまた黄瀬は新鮮に思えた。

「じゃあ、オレの事も苦手なんじゃないっスか?」

 軽い冗談のつもりだった。けれど自分の言葉に自分で傷付いているのが分かる。そんなつもりは無かったのだ。だから余計に黄瀬は内心憮然としていた。
 もし、肯定されたら――。
 そう思うだけで胸の奥が苦しげに鳴いた。

「は? 何で?」

 しかし火神の反応は予想に反して純粋な疑問を口にしただけである。

「え、や、何で……って……。そりゃあ、オレが、犬みたい……だから?」
「黄瀬は黄瀬だろ? 犬みたいっつったって結局それは犬じゃねぇし。どっちみち黄瀬は黄瀬だ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ。そもそも一度だってオレはお前を犬みたいだなんて思った事無ぇけど?」

 お前は海常のエースでライバルでキセキの世代と呼ばれるくらいに強いバスケットマンくらいにしか思った事ねぇし。
 さらっと付け加えられた言葉に知らず知らず黄瀬は口角が上がっていった。しかし素直に「嬉しい」と表現する事を躊躇っているのか、唇は固く一文字に結んである。故に火神から「何か今の顔スッゲェ不細工」と笑われる結果に相成った。

「黄瀬は何呑むんだ?」

 そうして列が進みいよいよカウンターの前に立つ。長く感じたがその実、五分と経っていなかった。

「あー……水でいいっスわ」
「ん。コーラのLを二つとバニラシェイクあー後、アイスティーも。レモンで」

 結局注文は火神が全てやってしまった。頼まれた品物を繰り返す店員の声を聞きながら黄瀬は首を傾げる。

「品物はあっちのカウンターでの受け取りらしいから、お前行ってくんねぇ?」
「あ、うん」

 火神に言われるがままに列から抜けて、飲食スペースに近いレジよりも一際スペースに近いカウンター前に移動する。其処には既にコーラが二つ出来上がっていた。今はバニラシェイクをカップに詰めているようだ。
 視線をトレイから人で溢れるレジの方に向ける。矢張り一人、頭が飛び抜けているので見つけるのは容易い。男性店員の「お待たせ致しました」の声に首を前へと向けた。どうやら店員は店長らしい。矢張り忙しいお昼時は出ざるを得ないのだろう。

「あ……れ?」

 トレイを受け取ってハタと気付く。トレイに乗っているカップは人数分ある。しかし全て蓋付きのものだ。水を頼んだ筈だが其処には無かった。

「そう言えば……火神っち、水、頼んでくれてなかった……」

 もう一度あの列に混ざるのは憚られる。しかも先程よりも店内が賑わいを見せている気がするのだ。これはもう飲み物を諦めるしか選択肢が浮かばなかった。

「ってか、火神っちに支払わせちゃった!」
「出来たか?」
「火神っち!」
「お、じゃあ戻ろうぜ」
「火神っちッ!」

 黄瀬が言わんとしている事が伝わったのか、火神は乱暴に黄瀬の頭を撫でつけた。抗議しようにも両手塞がりではどうすることも出来ない。その為「やめろっス」としか抵抗する術はなかった。

「お前レモンティー飲めんだろ?」
「飲めるっスけど」
「じゃあ問題無ぇじゃん」
「いやいやオレが奢るのに何で奢られちゃってんスか!」
「あんなん一方的に決め付けられたモンだろーが。そんなの奢りの内に入るかよ。ありゃ集るっつーんだよ」
「でもっ」
「素直に奢られてろ」

 第一水頼んだって出てくんのはミネラルウォーターじゃねぇし。
 最早黄瀬には抗う術は無かった。悉く火神の言動に黄瀬の胸は切なげに鳴く。それが何なのか、黄瀬には分かっていた。
 世間的には遅いのかもしれない。けれど事実なのだから仕方がない。黄瀬は生まれて初めて恋に落ちたのだ。けれども思っていた以上に苦しくて切ないのは、それが不毛な恋だからだろう。

「初恋は実らない、か」

 全く以て先人は的確な言葉を残してくれる。それでも一度自覚してしまえば、もう後には戻れない。けれど突き進む勇気は無かった。それは後にも先にもこれが不毛であるからに他ならない。
 けれど、再び黄瀬の胸は軋む。嬉しい、と切なげに鳴く。どうか自惚れであってくれと願う一方で期待してしまう自分もいる。その相反する感情が黄瀬の中で戦線を張る。
 また、気付いたのだ。
 中学の時は、二人で注文を取りに行った際、共に行った誰かがトレイを持ってくれていた。キセキは皆一様に「黄瀬に落とされては困る」と言っていたけれど。しかし手ぶらな為に、良く女性客に捕まっていたのだ。特にサインを求められる事が多かった。そうなれば決まってさっさと一人席に戻ってしまい、黄瀬はその場に取り残される事が常であったのだ。そうなれば、漸く席に戻った時は決まって「矢張り黄瀬に持たせないで正解だった」と言われるていた。
 けれども今はどうだろう。矢張り視線を感じるものの誰も声を掛けては来ない。火神効果だろうかとも思ったが、中学時代は青峰の時だってあったのだ。それを考えると一番適当なのはトレイ効果、別名・両手塞がり効果ではないだろうか。
 これも態と狙ってやっているのかどうかは定かでない。それでも、欲目があるとどうしても好意的に捉えてしまうのは仕方がないとも言える。

「もっと早くに初恋経験しとけば良かったな……」

 この恋だけはどうしても叶えたいのだと、訴えてくるのだ。胸の奥からじりじりと。焼け焦げた箇所から。
 ああ、どうか、振り向いて。こっちを見て。
 後悔先に立たず。何も行動しないよりはやって後悔した方が傷口は浅いかも知れない。そう思うと黄瀬の心はリズムを速めていった。
 二人の待たせ人が座る席はもう目と鼻の先だ。彼との距離も目に見えたらいいのに。無理難題な考えが過ぎるのはきっとこの恋に溺れているのだろう。

「っ、か、火神っち!――」

 そして、カレがふりむいた。



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