黒黄


 取り敢えず、傍に居てください。
 一月三十日の夜、メールで電話しても良いかと訊ねた黄瀬に黒子が「どうぞ」と返信して直ぐに通話が始まった。それから間もなくして「明日、黒子っちの願い事オレが叶えてあげるっス!」弾む声でそう言った黄瀬に黒子が返したのが冒頭の言葉だ。
 そして実際、黄瀬は言い付け通り傍に居た。黒子が家を出た時には既に家の前に立っていたのだ。誠凛高校の校門前で彼らは別れた。言葉通り一日中傍に居るつもりで来たらしいが、流石に他校生を入れる訳にもいかない。名残惜しそうに柳眉を下げる黄瀬の頭を撫でると「今度は部活が終わった後で会いましょう」と次を約束した。
 けれど実際に黄瀬と会ったのは部活の最中だ。
 聞けば、部活になかなか身が入らず最終的には新主将から「邪魔だ」と言われ追い出されてしまったと言う。黒子の中に呆れと同時に嬉しさが込み上げる。けれど表へ出たのは前者だ。そして後者を悟られぬよう、態とあからさまな溜息を吐いた。「君はバカですか」と冷たい棘も添える。
 すると案の定、黄瀬の瞳は水分量を増し「だってぇ……」と情け無い声が出る。その先の言葉は黒子の「練習の邪魔ですから隅で待っていてください」で、続く事は無かった。わざわざ口にさせずとも黒子には分かっているのだ。その先の言葉を。
 黒子は知っている。黄瀬がどれ程黒子の事を想っているか。けれども黄瀬は知らないだろうと思っている。黒子が、実は黄瀬が黒子を想う以上に黄瀬の事を想っているのだと。

「教えるつもりはありませんが知っていて欲しい、とは思いますね」

 結局隅で見学させていたはずの黄瀬は、いつの間にか練習に参加していた。制服姿で良くやるものだと思ったのはダウンの最中だ。それまで黄瀬が参加した事に誰も何も疑問に思わなかったのかと思うとこのままで大丈夫だろうかと心配になってくる。
 かく言う黒子もその一人である。彼もまた黄瀬と同じコートでバスケをする事が、自分の近くで黄瀬がパスを受け取る事が、当たり前のように感じていた。

「黒子っち?」
「何でもありませんよ」

 今は黒子の家、厳密に言えば明かりを消した黒子の部屋のベッドの中で二人は寄り添って寝ている。男が並んで眠るには狭いがそれでも身体を隙間無くくっつければ眠れない事もない。わざわざそうまでしても同じベッドに居るのは昨夜の言葉があるからだろう。
 ベッドの隣に敷かれた来客用の布団は枕だけが無かった。

「黄瀬君はそんなにボクの事が好きですか?」
「大好きっス!」
「知ってます」
「何スかそれぇ」

 至近距離だからだろう。小さく笑った際に漏れた息が黒子の顔に触れる。そうして黄瀬の存在を脳が改めて認識する頃には既に唇が重なっていた。
 どちらからだったのか、黒子は全く覚えていない。けれど、どちらでも良いと言う気さえした。この手に、この肌に、この目に、黄瀬の存在が認識出来ればそれで十分だ。

「黒子っち」

 濡れた唇が名を呼ぶ。夜に覆われた瞳が黒子を映す。その姿は視界が悪くとも視認出来た。目が暗闇に慣れたのか、はたまた愛の力か。科学的にしろ非科学的にしろ矢張り黒子にとってはどちらでも構わなかった。
 其処に、彼が居るのなら。

「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」

 年に一度の特別な日だけに限った事ではないけれど、至福の笑顔を見せる愛しい彼にはいつだって自分で一杯になって欲しいと思うのは我が儘だろうか。きっと我が儘ではないはずだ。でなければフェアじゃない。黒子の中には常に黄瀬が居るのだから。
 あの言葉で、少しは自分の気持ちが伝わっていれば良い。そう思うのだ。

「四六時中、ボクは君だけを……」
「黒子っち?」
「いえ。何でもありません」

 お休みなさい。もう一度、唇を寄せて瞼を下ろす。
 明日が休日であればとカレンダーを睨んだ所でどうこうなるものでもないのだ。ならば出来るだけ理性が保つ内に夢の中へと避難するのが得策と言うものだろう。けれど黒子の可愛い恋人はそう簡単に思い通りにはさせてくれないらしい。

「お休み。黒子っち」

 この黄瀬の返事を今日の最後にするつもりだったのだ。だから瞼を下ろした。にも拘わらず黒子は数秒と経たない内に目を閉じた事を後悔する。

「もうちょっとだけ、明日が来るのを遅く出来ないんスかね……」

 まだ日付変更線を跨いでいないはずだ。照明を落とす時、壁の時計は短針が「]T」と「]U」の間にあった。つまり、まだ黒子の誕生日である。
 黄瀬が黒子に擦り寄る。黄瀬の息を、存在を、間近に感じる。
 そして、黒子は目を開けた。

「ボクのお願い、何でも聞いてくれるんですよね? 黄瀬君」



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