キセ黄


 地獄と地上の境界に建立する豪奢な城は禍々しい空気を纏っている。地は赤黒く所々紫色をした苔のようなものが蔓延っていた。天は青緑の不思議な色をしており、不定期ではあるが一瞬だけ眩しく輝く黄色の光が白を照らす。
 そんな摩訶不思議な場所を根城とするのは、今最も恐れられている六人の悪辣な悪玉達だ。
 キセキと名乗る彼らを止めようと、世界中からヒーローと呼ばれる雇われの退治屋が地上に集まる。けれどもそのヒーロー達が白星を掴んだ事など一度たりとも無いのが現状である。
 決戦の場はいつだって地上だった。それはキセキの首領、赤司が居所を簡単に掴ませないよう徹底している為である。更に右腕の緑間は追跡されぬよう情報操作を行い攪乱させていた。更に、地上に派遣している情報のスペシャリストである桃井と言う少女が彼らをサポートしているのも大きい。その日対戦するヒーローを事前にリサーチして情報を流してくれるのだ。桃井は地元の女子高生として人間に紛れ込んでいる為誰も疑いの眼を向けることはない。

「さて。明日の対戦相手について、桃井から得た情報を伝える。真太郎」

 円形の大きいテーブル――ではなく、特注品の卓袱台を六人の男が囲う。下は掘り炬燵になっている上に、各々に見合った座椅子を用意してあるので寛ぎの空間である。
 凛とした声音で右腕の名を呼ぶ赤司の目の前には玉露の入った湯呑みと取り寄せた京菓子がある。そして全員の手元には共通してタブレット端末があった。
 緑間がタブレットを操作すると、皆のディスプレイも自動的に反応する。

「残業戦隊ゴメンジャーと言う五人組なのだよ。桃井の調べでは大した事はないそうだ。先日の生姜戦隊ジンジャーの方が手強かったのだよ」

 端末には対戦相手のプロフィールが一人一人事細かに記載されている。彼らは画面をタップしながらページを捲り、戦闘能力や防御力などを示したチャートに目を通す。
 そこで赤司の向かいの席に座っていた青峰が眉間に皺を寄せる。

「今回のピンク、お粗末過ぎねー?」

 青峰の端末は紅一点のプロフィールが表示されていた。その写真に青峰は異議申し立てをしているのだ。

「この写真スッピンじゃねーか」
「まあ長い時間化粧してるとお肌に悪いっスもんね。もしかすると化粧直ししてなくて落ちてるだけかも知れないっスね」
「しかも私服がカジュアルで収められる程の洒落っ気もねぇ」
「しもむらでももうちょっと可愛いの買えるっスよ。多分これ、イヲンの衣料品売り場の安売りで買ったんじゃないっスか?」
「眼鏡ダセェし」
「コンタクトは最大一二時間が限度っスもん」
「髪の毛伸びっぱなしだし」
「まあ、そこは残業戦隊っスからね。切りに行く時間が無いんスよ」

 青峰の付ける難癖に対し律儀に返事をするのは、彼と緑間の間に座っている黄瀬である。青峰はチラリと左隣の彼を見やれば「お前の方がヒロインよか女子力あるよな」と外見への意見を口にした。

「オレは最低限の事をしてるだけで」
「ですがこの方はその最低限の事にも気を回していらっしゃらないようですね」
「黒子っち……」

 ボクも青峰君と同意見です。と、青峰の右隣に座る黒子が告げる。それも真っ直ぐに黄瀬を見詰めて言うものだから、見られた方はほんのり頬を染めて俯いた。
 因みに緑間の前には玉露とお汁粉、青峰の前には炭酸飲料とジャンクフード、黄瀬にはミネラルウォーターとフルーツゼリー、黒子にはバニラシェイクとアイスが置いてある。

「で、明日は誰が行くのー? 前回よりも弱いってことは全員で行かないんでしょー?」

 山積みだったスナック菓子が今では小高い丘にまでになっている。それでも尚、手と口を動かす紫原はまだグレープジュースに口を付けていない。

「勿論そのつもりだ。で、誰か行きたい者は居るか?」

 赤司の問い掛けに皆一様に口を結ぶ。

「はいっス!」

 しかしそんな中で唯一黄瀬だけがピンと真っ直ぐ、指をきれいに揃えて挙手をした。その矢先の事である。

「黄瀬が行くならオレも」
「黄瀬君と行けるのならボクも」
「黄瀬ちんとデート出来るならオレもー」

 全く乗り気ではなかった三人が次々に立候補する。

「ならば、大輝、テツヤ、敦の三人と監督者として真太郎を出す。以上。解散」
「異議有りなのだよ!」

 口早に纏めると湯呑みを傾けて中身を飲み干す。その間に緑間が待ったを掛ける。
 赤司は湯呑みを置くと共にわざとらしく溜息を吐いてみせた。

「地上には桃井が居るのだから監督者は不要だろう! 青峰と紫原がヒートすればオレだけでは手が付けられん。そうなる時は大抵黒子が前線から退いた後なのだよ」
「オレだって嫌だっつーの。黄瀬が行かねーなら行く意味無ぇじゃん」
「青峰君と同意見です。黄瀬君が行くからボクも行きたいんです」
「オレもー。黄瀬ちんと一緒がいいしー」
「ってか、何でオレを外すんスかぁ! この間だってその前のだってオレお留守番だったんスよ?」

 己の主張を述べる声で、室内は一気に騒がしくなった。こうなってしまっては動物園や癇癪を起こした園児の集う幼稚園と同じである。そんな状況を一瞬で黙らせるには、赤司の笑顔が効果的だった。
 普段は上がらない口角を持ち上げ、鋭い眼を細める。右手の人差し指と中指を立ててピースサインを作ると、無言で人差し指だけを動かし中指に付ける。その動作を数回繰り返せば、さながら鋏のようだ。

「聞き分けの良い子は好きだよ。さて、静かになった所で話を聞いて貰おうか。先ずは大輝」
「何だよ」

 名指しで呼ばれた青峰は身構える。指こそ差されなかったが、彼を捉える赤い瞳が圧力を掛けた。

「お前は涼太の戦闘服姿が見たいだけだろう?」
「べ、別に、んなこと」
「三秒待ってやる」
「……戦闘服着た黄瀬って何か、エロいし……」
「と言うわけで涼太の戦闘服を替えない限り大輝と共に出さない。次、テツヤ」

 有無を言わせぬ物言いで、視線を青峰からズラした。その眼の鋭さは依然として変わらない。

「お前は体力を消耗した際、涼太に看病して欲しいだけだろう?」
「そ、んな、こ」
「テツヤ」
「……と……も、お見通しですか。いやあ流石ですね赤司君」

 居住まいを正す黒子は相変わらずの無表情であるが、冷や汗だけは誤魔化せないようだ。早鐘のように鳴る鼓動も動揺の表れである。

「テツヤは体力強化のトレーニングを増やす。それから敦」

 赤司の左隣に座る紫原にも青峰、黒子同様に鋭い視線を向ける。けれども彼はそれに怯む事無く手中のスナック菓子を咀嚼していた。

「お前を涼太と行かせると、必ず戦闘に飽きた敦が涼太を連れて甘味処に行っているのを知らないとでも? 加えて彼方此方食べ歩いて腹を膨らませて帰ってくるから涼太が夕飯を食べきれないだろう」
「えーでもー」
「更に帰りがいつも遅い。六時から夕飯だと言った筈だが?」
「んー……」
「敦は集中力を持続させるトレーニングを課す。そして真太郎」

 左を向いていた顔が右に移動する。首領と参謀は作戦を立てる際などでもピリピリと肌を刺すような緊張した空気が無いと言うのに、今はどうだろう。周りにも分かる程の緊張感が漂っている。

「お前は僕が涼太を出さないと読んでいた筈だ。そして万が一に備えて僕は司令室に籠もる。お前と涼太はウォーミングアップにトレーニングルームに籠もる。そう、二人きりの空間だな。僕が真太郎のムッツリを見抜いていないとでも?」
「そのドヤ顔を止めるのだよ赤司。それに誰がムッツリだ。聞き捨てならん」

 整った顔立ちの緑間が眉間に皺を寄せるとなかなかに迫力がある。周りはただ無言で事の成り行きを見守る事しか出来なかった。

「そもそも赤司。お前はどうなんだ。オレ達を出して黄瀬を独り占めするつもりだろう」
「そうだが?」
「あっさり肯定するな! 腹が立つのだよ!」

 お冠な緑間を宥める者は居ない。そうすれば八つ当たりを食らうのが目に見えているからだ。勿論、面倒臭いと思っているだけの者もいるが。
 そんな中、黄瀬が遠慮がちに「あの……」と声を上げた。怖ず怖ず挙げる手は、先程立候補した時とは比べ物にならない程弱々しい。

「結局、誰が行くんスか? オレ、また一人でみんなの帰りを待ってるんスか? そりゃ此処を空っぽにするのは良くないから誰か残らなきゃっスけど、でも、一人でみんなを待ってるのって結構辛いっス……。万が一みんなに何かあったらって、傷付いて帰って来たらって思うと……」

 言葉途中で挙げた手は下ろされていた。代わりに太腿部分のズボンの生地を掴む。悔しげに握った拳の上には彼の瞳から零れ落ちた涙が小さな水溜まりを作る。
 震える声で思いの丈を紡ぐ黄瀬に、一同は目を奪われていた。笑顔で「行ってらっしゃい」と見送っていたその裏側では、寂しさや不安が表に出ないよう必死に押し殺していたのだろう。それを思うと彼らの胸の奥がキュッと締まった。

「ならばローテーションにしよう」

 赤司がタブレット端末を手早く操作して表を作成すると、五分と経たぬ内に全員の端末に反映された。
 其処には黄瀬を挟むように二人の名前が書かれたカレンダーが表示されている。しかし名前が書かれているのは赤い枠の日曜日だけだ。

「戦闘は日曜だけだ。回ってくる順番は遅いが仕方無いだろう。向こうのヒーローが日曜しか働かないのだから此方がどうこう言った所でどうにもならない」
「なるほど。三人一組ならば抜け駆けもあるまい」
「上の段に書かれてる組が出撃って事ですか?」
「ああ。下の段はここで待機だ」
「じゃあ、明日はオレと紫原っちと赤司っちっスね!」

 久々の出撃が余程嬉しいのか、黄瀬は満面の笑みを浮かべている。一先ず今月は二回外に出られるらしい。後の二回は待機だ。
 しかし赤司の宣言通り、青峰と共に待機はあっても戦闘は組まれていない。それは来月分も同じらしい。

「何でだよ。ふざけんな。悪意を感じるわ」
「来月中には新しい戦闘服を桃井に用意させるから待て。勿論、悪意はあるさ。僕達は『悪の組織』らしいからな」

 赤司が「らしい」と付けるのには理由があった。
 歴史を遡れば彼らが悪事を働いた例など一度もない。時折地上に出てみれば異物と判断され一方的にヒーローと呼ばれる者達に喧嘩をふっかけられただけである。しかし売られた喧嘩は買う主義の青峰と紫原が彼らを伸してしまったが為にいつの間にか「悪」へと位置付けられてしまっていたに過ぎない。
 不本意ではあったが退屈凌ぎに丁度良いとその位置を甘んじて享受している。しかし一方的に「悪」と決め付けられるのも甚だ不愉快なので、勝利を収める度に貢ぎ物を頂戴する事にしたのだ。それが、今彼らが使っている卓袱台や飲食物である。
 何かと値段の張る物を注文するので益々「悪」と言う印象を与えてしまっているようだ。

「楽しみっス!」

 まるで遠足を明日に控えた子どものようだ。嬉しさを隠しきれないのか黄瀬は始終ご満悦である。
 共に住まう者達の笑顔とこの生活居住区の平和を守れるのならば、いつだって「悪」にでも何にでもなってやる。
 それだけは六人に共通する想いであった。



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